なんともない、かけがえのない日々 演劇『タイムライン』

Event Fukushima

いつものように朝がきた。おばあちゃんに小言を言われたり、寝過ごして朝練に遅刻しかけたり。みんなに等しくやってくる「なんともない日」のはじまりだ。

福島の中高生によるミュージカル『タイムライン』を見に、いわきへ出かけた。演劇作家の藤田貴大さん、ギタリストの大友良英さんらが中高生とともに、1年かけてつくりあげた。

 

R0000104_900px

開演前の舞台=2016年4月3日、福島県いわき市

 

舞台の三方を客席が囲み、奥には楽器が並ぶ。後方には写真を映し出すスクリーンがある。ギターやドラム、リコーダー、管楽器などで編成するバンドと出演者たちは、みな中高生だ。20人ほどの出演者たちが、舞台をくるくる回りながら、「あの日」の朝の出来事を順に語る。

国語、数学、音楽と授業の様子が一時限ごとに描かれ、彼女や彼らのタイムライン(時間軸)は進んでいく。いずれ放課後のあの時刻にたどり着くのだろうと思っていたが、まったく違った。

国語の時間を「接続詞ラップ」で盛り上げ、音楽の時間には口やピアニカで自由に音を出し、ひとつの音楽を奏でる。中高生たちの日常が、90分かけて大事に、丁寧に描かれる。同じことばが詩のように何度も繰り返された。「なんともない日々は、わたしたちと、歩いていく」

福島や原発事故の話になると、眉間に深いしわを寄せ、「被害の実態を出来る限り深く、詳しく…」と肩に力が入りがちだ。出演した中高生が歩いてきたこの5年は、想像を超える過酷な日々もあっただろう。しかし舞台上の表現は、あくまでも穏やかで優しい。

「日本人はのど元を過ぎた熱さを忘れてしまった」「原発事故を風化させてはならない」こうしたことばを何度も耳にし、自分も同様のことばを発してきたように思う。

けれど、日本で暮らす人の心や脳裏には、「あの日」が深く刻まれているはずだ。中高生たちは、観客の背中をそっと押す。声高に語らずとも、わずかなきっかけさえあれば、あの日のタイムラインがそれぞれの心に立ち上がってくる。

福島とどう向き合い、どう伝えていくか。このサイトが抱える大きな宿題でもある。たくさんのヒントを中高生からもらった気がした。

小島寛明

Source: 『タイムライン』ウェブサイト