【政府事故調聴取録を読む3】当時の耐震安全審査室長 津波対策の経緯詳述

Investigation

「政府事故調聴取録を読む」の6回目として、原子力安全・保安院の耐震安全審査室長の聴取録を掲載する。東電と保安院は原発事故前、マグニチュード8.3以上で、大きな津波被害が出たとされる869年の貞観地震を参考に、地震や津波への対策について議論していた。室長は、津波対策が置き去りにされた経緯を詳述している。保安院内では貞観地震について、別の課の課長から「あまり関わるとクビになるよ」と言われたとも証言している。

東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会(政府事故調)は、772人の関係者から聞き取りを実施した。政府は、聴取結果書(聴取録)を順次公開しており、2015年5月14日現在、241人分の聴取録が閲覧できる。

聴取録は、福島原発事故への理解を深めるうえで、なお第一級の資料であることから、当プロジェクトは、聴取録の読み解きを進めている。

読み解きにあたっては、国会事故調、政府事故調、民間事故調の各報告書を基礎資料とし、プロジェクトのテーマである「わかりやすい」を追求する。プロジェクトが聴取内容に挿入する、補足的な記述は太字で記載する。また、必要に応じて、文脈に影響しない範囲で、一部の記述を削除、難解な漢字をひらがなにするなど、最小限の編集を加えている。

聴取対象者:経済産業省原子力安全・保安院原子力発電安全審査課耐震安全審査室長 小林 勝
聴取日:2011年8月18日
聴取内容:原子力・安全保安院による東電の想定津波波高の算出結果等の対応について

【ポイント】

  • 津波対策をめぐる、東電と保安院のやり取り
  • 貞観地震をめぐり、広報課長から「あまり関わるとクビになるよ」
  • 貞観地震は議論のテーブルにはのっていたが、結果として津波対策が置き去りされ、3月11日を迎えることに

【平成23年8月5日に行われた(黒塗り)に係るヒアリングについて】

(黒塗り)のヒアリング後、同人からヒア状況について話を聞いた。貞観地震の知見についてどれだけ知っているか、また、バックチェックの中でどの程度、東京電力株式会社の評価をしていたか、バックチェックの中間評価終了後、フォローはどの程度行っていたか等を聞かれたとのことであった。

バックチェック:耐震安全評価を指す。

【職歴】
平成21年6月30日、耐震安全審査室長に就任。就任前は、保安院の核燃料サイクル規制課で勤務しており、主に再処理の規制や、今はあまりないが人形峠の規制等を行っていた。前任者は川原室長。

【安全審査課耐震安全審査室関係者の異動状況】

安全審査課長
~H21.8:森山(原子力災害対策監)
H21.8~H22.8:野口哲男首席統括安全審査官
H22.8~:山田知穂

耐震安全審査室長
~H21.6.30:川原
H21.6.30~:小林勝

【就任当時の状況】
就任当時は、福島第一原子力発電所3号機(1F-3)のバックチェックの中間評価の前後であった。

【貞観地震について】
貞観地震については、森山審議官が貞観地震を検討した方が良いと言い始めた特に初めて知った。1F-5の中間評価が終わり、1F-3のプルサーマルが問題になった平成21年頃、福島県知事が、①耐震安全性、②プルの燃料の健全性及び③高経年化の3つの課題をクリアしなければプルは認められないと言っていた。

プルサーマルは、プルトニウムとウランを混ぜたMOX燃料を通常の原発で利用すること。使用済み核燃料から再処理で取り出したプルトニウムとウランを再利用する。

森山審議官は、当時、貞観地震が議論になり始めていたことから、福島県知事の発言に係る①耐震安全性の検知から、貞観地震の問題をクリアした方がいいんじゃないかと言い始めた。

「検知」とあるが、「見地」と考えられる。以下、保安院内での路線対立について述べている。

私も森山審議官の考えに賛成だったが、結論として、1F-3のプルサーマル稼働を急ぐため、(黒塗り)原案委に諮らなかった。私は、野口安全審査課長(当時)に対し、かような取扱いに異議を唱え、「安全委員会に(黒塗り)話を持って行って、炉の安全性について議論した方がよいのではないか」と言ったが、野口課長は「その件は、安全委員会と手を握っているから、余計な事を言うな」と言った。また、当時ノンキャリのトップだった原広報課長から「あまり関わるとクビになるよ」と言われた事を覚えている。

当時の状況は、私や森山審議宮のように、貞観地震について懸念する人もいれば、1F-3のプルサーマルを推進したいという東電側の事情に理解を示す人もいたという状況だったこともあり、(黒塗り)原案委に諮らなかった。

なお、当時の野口課長の前々職は、資エ庁(資源エネルギー庁)のプルサーマル担当の参事官であり、プルサーマル推進派で、現在、首席統括安全審査官(審議官クラス)を務めている。

当時の野口課長の関心は、プルサーマルの推進であり、耐震評価についてはあまり関心がなかったようであった。(黒塗り)現在の山田安全審査課長は、非常にニュートラルな方である。

保安院と東電は、「朝会」と呼ばれる非公式の会合を定期的に開いていた。

エビデンスは今のところ見当たらないが、柏崎・刈羽原発の運転再開を検討している時に、森山審議官、黒木審議官、審査課長、検査課長及び私と東電の武藤副本部長、吉田管理部長、(黒塗り)地震センター長と1週間に1度位開催される、「朝会(あさかい)」と称される会議があった。森山審議官が、平成22年3月頃の朝会の際、吉田管理部長に「貞観地震の検討をやらなければならないんじゃないか」と言っていたように思う。

また、貞観地震の知見が出始めた平成22年3月頃に開催した朝会の際にも、森山審議官から吉田管理部長に「貞観地震の津波は大きかった、繰り返し発生しているんじゃないか」という内容の話があったと思う。

自分が耐震安全審査室長に就任して間もないH21.7.13に開催された、総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会耐震・構造設計小委員会地震・津波、地質・地盤合同WG(第33回)に出席した際、貞観地震を巡る議論があることを知った。

その後平成22年に、東北大学の教授であり、我々の審議会の委員でもある、私が非常に尊敬している今泉教授が書いた論文で浸水域が示され(平成22年5月24日)、同年8月には岡村教授が福島において貞観地震に係る堆積物が出たと指摘した論文も読み、被害が相当大きかったのだと思った。

東電の想定津波波高の数字については、平成23年3月7日に開催された会合の時に初めて聞いた。

2011年(平成23年)3月7日、室長は東電に対して、津波対策を急ぐよう迫る。

当時、我々が推本と会合を持ち始めており、次の長期評価では、貞観地震がきちっと評価されるなという認識を持ち始めたことから、東電にも一言言っておかなければならないと思い、3月7日に東電を呼んだ。

推本:地震調査研究推進本部

東電の説明によれば、佐竹、推本及び土木学会の各モデルに基づいた波高計算をしたところ、佐竹と推本のモデルでは、敷高を超える津波が来るとのことであった。そこで私は、東電の(黒塗り)課長と(黒塗り)に「これは、早く工事しなきゃダメだよ」と言った。

すると、彼らは、「平成24年の秋に、土木学会の評価手法の見直しがあるから、そのときに併せて貞観津波の評価をしたい。と言った。これに対して私は「そんな悠長なことではだめだぞ。それでは遅いぞ」と言ったが、それ以上の事は言わなかった。

それ以上のことを言わなかったのは、正直なところ、当時はまさか3・11のような大きな津波が来るとは思っていなかったからである。これらのやり取りを証明するメモ等のエビデンスは、現時点で見当たらない。

土木学会の評価手法の見直しの件については、平成23年3月7日以前(年が変わる前と思う)に岡村先生から「波源モデルを大き目にしないといけないな。そういったところを土木学会の評価に反映させたいな。時期は平成24年だな」などと開いたように記憶している。

この3月7日のヒアリングの件については、後日、森山審議官に報告しようと思っていた矢先に地震が発生したので、結局報告できずじまいだった。

【問】平成21年8月末から9月にかけて、東電関係者から、1Fに約9mの津波が来る可能性があるという話を聞いた事はないか。

【答】そのような話を開いた記憶はない。その当時は、柏崎・刈羽原子力発電所を担当(黒塗り)が入院しており、私が柏崎をやらなければならない状況であったことから、ものすごく忙しく余裕がなかった。

(黒塗り)審査官から、貴委員会による(黒塗り)に対するヒアリングの際、同様のお尋ねがあったそうだが、私が東電関係者から波高の数字を初めて聞いたのは、先ほど話したとおり、平成23年3月7日であり、その際初めて、波高が敷高を超えることを知った。

ただいま、モデル8、10に基づき波高を計算した数値やコンター図が掲載された資料(※東電提出エビデンス・平成21年9月7日の資料)を見せてもらったが、そのような資料を東電から見せられた記憶はない。

東電は「保安院は、貞観津波を考慮しないことを了承していた」としているのに対し、室長は「了承するしないなどと言うことはない」

東電が、「平成21年9月、バックチェックでは、土木学会の津波評価技術の手法を用いることとし、貞観津波を考慮しないことで保安院は了承した」旨話しているようだが、保安院として、貞観津波を考慮しないことにつき了承するしないなどと言うことはない。かような点については、学識経験者の意見を踏まえた上で評価を行うので、事務局サイドでその良し悪しの判断をすることはない。(黒塗り)

保安院としては、平成21年8・9月頃、1F・2Fにおける貞観津波の評価については、その最終報告の中できちんとなされると思っていた。

最終報告の審査は、事業者から提出された報告書を基に行われるものであって、事前に内容を見てコメントすることはしない。昔は、そのような馴れ合いの状況もあったようだが、もうこの頃には、事前にコメントすることはご法度という考え方であった。

公明性を担保する観点からも、最終報告書の提出後、ダメなところは指摘して、修正及び訂正を行わせる予定であった。

正直なところ、平成21年の段階では津波は、取り組むべき問題とは思っていなかった。東電から波高に関する話があったという事も記憶にない。「貞観地震の被害が大きいのではないか、昔、津波が相当奥まで入り込んでいるんじゃないか」と思ったのは、今泉先生の論文を見た平成22年5月頃である。

岡村行信先生が平成22年8月に書いたAFERC(Active Fault and Earthquake Reseach Center:活断層・地震研究センター)の記事を読んでから、貞観地震に係る堆積物調査も重要であると考え始めた。これに伴い、高い津波が来ると注意しなければならないと思うようになった。また、堆積物調査だけでなく波高等の調査も行うように名倉安全審査官が東電に言っていたようだが、物証はない。

平成22年5月に「津波の堆積物調査の報告が東電からあったが、貞観地震に係る堆積物は出なかったようだ」と名倉安全審査官から聞いた。

名倉安全審査官は、平成21年7月13日の合同WGで、バックチェックの(黒塗り)報告書において貞観津波を考麗して記載する(黒塗り)と東電に言っている。私もその審議会に出席していたから覚えている。

また、津波堆積物の研究については、岡村先生も福島で貞観地震に係る堆積物が出たと指摘していたことから、私としては重要なファクターと思っていた。

(毎日新聞H23.8.13朝刊の搬顕教授の記事を見ながら)、「津波に係る岡村委員の指摘から2年も経っているのに津波の審査が始まらず、岡村委員の指摘を放置していたのは保安院の責任だ」と記載があるが、(黒塗り)他の案件もあった事及び私達の仕事は事業者が最終評価報告書を出してから審議を始めるので、最終報告が出てきたら審議を始めるというスタンスだった。

福島については平成22年9月以降に最終報告を提出するということだったことから、いつ提出されるか分からなかった。提出されれば審議するつもりであった。

また、(判読不能)教授から津波の評価がどうなっているのかという催促はなかった。東電への最終報告書の提出催促は電事連から行っていたので、保安院から個別に催促はあまり行っていない。電話で最終報告の状況について聞いたりはしていた。福島原発について上司から早く刈り取れと言われたこともなかった。

電事連と東電のやり取りについて、平成23年3月7日の保安院の事業者による津波評価に関する会合終了後に、東電に要求し、東電が参加した3月3日の文科省の勉強会で配布された資料を入手した。

東電は、文科省が作成した資料に、貞観津波が一定の周期をもって発生していると書いてあったので、「貞観地震については確固とした知見となっていないため、この資料から落としてくれ」とコメントしたと聞いた。

(資料1参照)おそらく地震前だったから手交してくれたんだろう。この件について東電と議論する時聞はなかった。その後この件についてはいずれ東電に言わなければならないと思っていたが、電話もしないまま、3.11の地震が起きた。

JNESが出した報告書「地震に関わる確率論的安全評価手法の改良」については、国会での質問(平成23年6月16日)前には知らなかった。私達はJNES解析部隊をグリップしてこなかった。JNESはロジックを勉強するのは良いが、PSAの確率の絶対値を書いていないので、世の中に対して非常に誤解を生じさせるおかしい報告書だと思っていた。

JNES:独立行政法人原子力安全基盤機構
PSA:確率論的安全評価

(黒塗り)森山課長が耐震評価をやっていた。川原室長は柏崎・刈羽原発を担当しており、名倉安全審査官は福島原発を担当していた。マネージメントをするのは当時の森山課長なので、就任当時私はすべてを把握していなかったが、今は慣れてきたこともあり、私がグリップしている。

東電の下の担当者が、「貞観について検討したいが、上層部の理解が得られない」と言っていたことを名倉安全審査官から開いたことがある。しかしながら、東電の誰が言っていたのかは分からない。

東電が堆積物調査を始めたことは名倉から聞いていた。それで東電が貞観津波の検討を進めることができたことは良いことだと思う。ただし、一方で貞観地震について、岡村先生の論文が出た以降、きちっとしたシミュレーションをして、高い津波が来ることに対して対応を取る意識を持たなければならないと思い始めていた。

岡村先生の論文が出る前は、堆積物調査を粛々とやって進めれば良いと思っていた。しかしながら、岡村論文が出た以降は、堆積物調査のみで良しとするとは思わないし、これだけ論文が出ていることから、堆積物が出なかったということだけで津波がなかったとも思わない。東電がたまたま見つけることができなかったと思っている。(黒塗り)

森山審議官及び黒木審議官との週1回や2週間に1回行っている東電との打ち合わせに係るメモ等は残つてはいない。柏崎・刈羽原発の再稼働に関する事項がメインであり、福島原発についてコメントすることがあるならば、口頭ベースで言うだけであった。

また、保安院として東電に対して津波対策を早くしろと言っている資料はない。東電に対して、この様に津波対策を行えと言ったこともない。私の認識としては、東電は津波に係る評価を行い、津波対策を踏まえて最終報告をすると思っていた。ただし、津波評価の結果を踏まえ、波高が高い場合に、それを上回るだけの対策工事を終えた上で最終報告を提出してくるだろうとまでは思っていなかった。

当時、自分自身、津波対策をどの様に行えば良いかという事が分からなかったので、東電から最終報告を受けて、津波対策が必要であれば、東電とキャッチボールをしながら、必要な措置を東電に講じさせていくといったイメージを持っていた。当時は、津波・波力の怖さを誰も分かつていなかったと思う。

引き続き、貞観津波について何らかの対応を東電に要求していたメモ等及び平成21年の予定表等を探してみる。

【事業者に対するバックチェック報告書の提出催促】
私が着任する前の話だが、平成20年3月4日、森山審査課長(当時)から川原室長(当時)宛てに出したメールがある。(資料2参照)内容は、電事連の委員会で当時の鈴木次長が補強工事を早くやれと言っているものである。補強工事を早くやれということは、最終報告書を早く出せということである。

これはきちんと文書で出すつもりで言っているので、森山は、川原に対応しているか検討してくれと言ったが、結果的に補強工事を早くやれという文書は出さなかった。この場合の補強工事とは地震対策工事のことであり、津波のととはあまり考えていなかった。その結果、評価が後回しになっていたというのが実情である。中越沖地震が平成19年にあったことから、まずは地震からという状況があった。(資料3参照)

また、本日持参した資料について、バックチェック最終報告を急げということが分かるエビデンスはなかった。当時は補強工事を終えてからバックチェック報告書を提出しろと言っていた。

何故なら、計画のみの提出で、実際に補強工事を行わないと評価ができないため、きちんと補強して最終報告を持ってこいと指導していた。つまり、工事の計画だけで報告を受けても受理しなかった。補強して新しい地震動で評価して、それでOKであれば提出させるという形を取っていた。その結果、大分報告がずれ込んでしまったのは事実である。

柏崎の地震の後、平成19年7月20日に「いつまでもバックチェックが出て来ないことから、知見を活かすのも重要だが、早期にバックチェックを終了するように」と大臣から「平成19年新潟県中越沖地震を踏まえた対応について(経済産業大臣の電力会社等に対する指示)」(資料3参照)が各電力会社に指示されている。

東電はこれを受けて、中間報告という形で平成20年3月に提出し、最終報告は平成21年6月に提出するという計画を出した。かような大臣指示があったので、上記資料3のとおり、全事業者からの報告書の刈り取りに力を入れていたが、津波に着目して福島の分を特に刈り取ろうとしていたことはない。

【東電社員に係る人物評価】
東電の(黒塗り)課長については、技術者タイプで真面目、几帳面といった印象を持っている。(黒塗り)

以上