【政府事故調聴取録を読む1-6】事故対応全般|当時の首相・菅直人氏(6)

Investigation

「政府事故調聴取録を読む」の8回目として、菅直人・元首相の6本目を掲載する。放射線量の上昇を機に東京電力が福島第一原発から撤退を示唆し、東電本店内に統合対策本部が設置された経緯を語っている。

聴取対象者:菅直人氏(事故当時の首相)
聴取日:2012年4月3日
聴取内容:事故対応全般について

【ポイント】

  • 海水注入をめぐる官邸と東電の混乱
  • 東電の撤退示唆と、東電本店内に政府、東電の統合本部が設置された経緯

【地震発生後の菅首相の初動対応】
14時46分:地震発生、菅首相は参議院から官邸へ戻る
15時37分:第一原発、全交流電源喪失
16時14分:緊急災害対策本部を設置
16時36分:官邸対策室を設置
16時45分:東電、第一原発の全電源喪失を原災法15条に基づき経産相に通報
17時ごろ:菅首相、東電、保安院から第一原発の状況の説明を受ける
17時42分:海江田万里経産相、原災法15条事象を菅首相に報告
時刻不明:菅首相、党首会談に出席
19時03分:原子力緊急事態宣言を発令
22時~23時最初の電源車が第一原発に到着

3月12日
01時30分 東電などから1号機、2号機のベントの必要性について説明を受ける
01時~02時ごろ 第一原発の現場視察の検討を指示
10時47分 福島第一原発の視察から首相官邸に戻る
15時36分 1号機の原子炉建屋で水素爆発
16時49分 日本テレビが水素爆発の情報を放送
17時45分 経産相、海水注入を指示
19時04分 東電、1号機に海水注入を開始

3月13日
時間不明 菅首相、東芝の社長と協議
12時27分 3号機に淡水100トンを注入終了

3月14日
11時01分 3号機の原子炉建屋が爆発
18時ごろ 2号機のSR弁(主蒸気逃がし安全弁)を開放
18時22分 2号機の燃料がむき出し状態に

3月15日
06時12分 4号機の原子炉建屋で爆発


菅氏は引き続き、海水注入の経緯を語っている。官邸と東電本店のやり取りが混乱する中、福島第一原発の吉田昌郎所長が独自の判断で、海水を注入していた。

【質問者】
では、次の質問に移らせていただきます。海水注入の話はそのぐらいにさせていただきまして、翌日が13日になりますが。

【菅前総理】
ただ、1つだけ言っておきますと、先ほどの話にちょっと戻りますけれども、いずれにしても、水を注入していたんですよ。水を注入しているのが海水に変わるわけですよ。海水に変わって、もう経緯は御存じだと思いますが、たしか19時何分かに注入が始まっているわけですよ。

それで、武黒氏は、つまり、東電の中のやりとりの中で、19時04分に始まったということも、武黒さんもその時点では知らなくて、勿論、我々にも報告がなくて、それで我々はその次の会議で決めて入れることになったと、その後まで理解していたわけです。

それが大分経ってからわかってみたら、19時04分に入っていて、それを入っていることを知った武黒さんが、自分の判断で、官邸がまだそういう事前の報告をちゃんと聞いていないという彼の判断で、彼の判断で直接か間接かは別として、吉田所長に止めろと言っているわけですよ。そうでしょう。

それで、吉田所長は、止めちゃまずいと思ったけれども、官邸の私の指示だったということで、一応止めるぞと言って、実は止めなかったと、そういう判断をしたわけですよ。私は、結果よかったと思いますけれどもね。

そういう東電の中の、私から言うと、言わば伝達ミスというか、誤解というか、あるいはおもんぱかりというものが、率直に言って、物すごく私に対する当時の批判になっているんですよ。

予算委員会でも言われたんです。私が止めて、それで、水が止まって、それでメルトダウンしたんだということを大物政治家までが言うわけですよ。私には全く分からなかったんです。だって、止めろと言ったことは一度もないし、動いたのはもっと後だと思っていました。後でわかってみたら、その今のような原因で、勿論止めろとも言っていない。それから、入ったのは19時07分。それで、実際は水は止まってもいない。

それは結果オーライなんですけれども、ただ、そとの誤解を生んだところが、私からすれば、それは東電の中の話です。我々が関わりようがない話です。もし一言、気がついたら海水が入っていますけれども、それはいいですかと例えば聞かれたら、当然それを止めるなんてありえませんからね。そこだけは何か向こうの中のおもんぱかりが、何かこちらの判断であったかのように、いまだに報道でごっちゃになるんですよ。そこだけは是非。

【質問者】
その点は理解しておりますが、ただ、武黒さんがそういう忖度をするような何か前提がその話の中であったのかなかったのか。つまり、先ほどの海水を入れると再臨界云々という話と結びついて忖度されたようにも思われなくもないんですが。

【菅前総理】
ですから、私もわからないんです。武黒さんが、社長が言ったのなら、まだ、変な言い方だけれども、武黒さんは原子力の専門家ですよ。だから、原子力の専門家が水を入れることの重要性をわかっていないはずは普通はないと思うんですよ。当たり前ですけれども、私は専門家ではありませんから。だから、私は最初、清水さんが言ったのかなと思ったんですよ。でも、どうも武黒さんが言っているようだと。

だから、よっぽどあの会社は技術ばたけの人までがそういう技術の判断をしていなくて、ほかのことをやっているとしたら、それは忖度という言葉が私から言うと、若干技術屋のちょっぴり端くれですから、技術屋はちゃんと技術で判断してくれなきゃ、その技術を曲げてまで、だから、吉田さんは、私は法律的にも正しかっただけではなくて、やはり原子力の専門家として、これは入れなければ危ないと思ってやったというのは、私は立派だったと思いますよ。

それを何かこう言うと官邸がこう言うかもしれないから、こうだと言ったとしたら、それはそこが一番問題ですよ。やはり東電の体質ですよ。しょっちゅういろんなことで首が飛んだり何かしていますからね。

【質問者】
まだ質問事項はたくさん残っているのですが、2時間ほど経ちましたので、休憩をとった方がよろしいかと思いますので、10分ほど休憩をとらせていただきます。

(休憩)

官邸は13、14両日、原子炉メーカーである東芝、日立の関係者を呼び、協力を要請する。

【質問者】
3月12日の夕方までの話をお聞きしたわけですけれども、翌日の13日以降の話になります。

13日には東芝の関係の方をお呼びになって、いろいろ協議されております。また、13日には3号機の状況が大分悪くなってきておりまして、水が入らないとかという状況になってきていると思うんですけれども、この辺の状況をお伺いできればと思います。

【菅前総理】
たしか1日違いで東芝と日立の両方にお願いしたんです。簡単に言えば、原発をつくったのは、多分1号炉は日立だと思いますが、一般的に日立、東芝が原子炉をつくる会社ですし、いろんな意味で事故に対するサポート、場合によっては人を出すことや術的なことも、それは意見をちゃんと聞いた方がいいだろうというアドバイスをしてくれる人がいて、お願いして、それぞれ社長が来て下さってます。

【質問者】
具体的に、どういう項目についてアドバイスをもらったのかといいますと、どんなことですか。

【菅前総理】
基本は協力要請だったんです。東電自身からとられたかもしれませんが、人の問題等いろいろありましたから、やはり他の電力会社のとおりですが、原発をつくったところにもちゃんと協力要請を私の方からも、つまり、国としてもしようということでやりました。たしか東芝の佐々木社長は原子力の出身だったと思いますね。

どの程度まで細かい話をしたかということは、全部頭にはないんですけれども、ある程
度いろんな話をしたと。水素爆発の可能性とか、そういうこともしたと記憶している人が
いて、詳しい方ですから、それをやった可能性はあります。

【質問者】
メーカーの方は、13日、14日だけでなくて、その後も継続的にアドバイスとかをもらったりしているのでしょうか。

【菅前総理】
私がお願いしたのは、そのときだけです。ただ、一般的には、いろいろ人を出したりするのに協力はしてくださったと思います。

14日午前11時すぎ、3号機の原子炉建屋で爆発が起きる。

【質問者】
わかりました。

その次が、14日には3号機が爆発するという問題がありまして、時聞が11時ぐらいだ
ったわけですけれども、これは爆発の可能性があるということは、1号機が既に爆発して
いますので、3号機の危険性というのは事前に予測されていた状況と理解してよろしいで
すか。

【菅前総理】
1号炉が爆発したということは、2号、3号でも水素が漏れて爆発する可能性が一般的にあるということは、まさに認識していました。窓があるとかないとか、新潟の柏崎は何かのときに窓を付けていたんだけれども、それが閉まっていると。止まって、窓が開かなくなったとか、いろいろなことを聞いていました。だから、とにかく高いところに窓がありさえすれば、水素は一番高いところに行きますから逃げるわけですが、多分2号は上の方の窓があったんだと思います。

だから、結果的には上での爆発は起きていません。だから、そういう水素爆発の一般的可能性と、それを防ぐために窓があれば開ければいいけれども、あそこの3号は聞かないように何か止めていたから、どこかで穴を開ければいいんですが、穴を開けるときの火花でぽんといくかもしれないとか、そんな議論がどの時点でだれとやったか細かくは覚えていませんが、とにかく水素爆発を何とかというのは思っていました。

4号は、当初は安心していました。というのは、原子炉の中に何もないわけですから。
だから、4号が爆発したときは、本当にわからなかったですよ。プールのせいなのか、何
のせいなのか。そういう意味では、一般的には心配していました。

14日から15日にかけて、福島第一原発内部の放射線量が上昇し、東電は撤退を検討する。撤退問題が菅首相に伝えられたのは15日午前3時ごろのことだ。

【質問者】
わかりました。

4号機と関連するかもしれないのが統合対策本部の設置だとか、東電の撤退の話なんで
すけれども、3月14日~15日にかけての状況についてお伺いしたいのですが、東電が撤
退するようだということについては、どういういきさつでお開きになったのでしょうか。

【菅前総理】
私のところに来たのは非常にはっきりしていまして、15日の午前3時ごろに秘書官が来て、私は防災服を着て、執務室の奥の部屋で仮眠というか、ソファに寝ていたのですが、起こしにやってきて、経産大臣から話があるということで行って、その場ですぐだったか、経産大臣あるいは官房長官等々何人かで、つまりは、経産大臣の方から東電が撤退したいと言ってきている、どうしましょうかと。

官房長官の方からも、自分の方にも来ているという話で、私はその話が来る、来ないにかかわらず、どこまでこの事故が拡大する可能性があるのか。当然ながら、第1だけでも6つもの原発と7つの燃料プールがありますから、それが全部アンコントローラブルになり大変なことになると思っていましたから、これは本当に大変だなと思っていましたから、これは本当に大変だなと危機感と同時に、何としてもという気持ちをもともと持っていましたから、そういう話が出たときに、私自身はそんなことはあり得ないと最初から思っていました。

その場でもそれはちょっとですから、その場でも、それはちょっと撤退という話は、その後、全部放棄することはできないのではないかということを政治家の中でも言い、その後、会議室にもなっていた別の応接室の方でほかのメンバーも集めてそういう話をして、大体そういう方向で皆さんの意見も含めてまとまったというか、そうなったので、では、清水社長を呼んでくれといって、清水社長に会ったわけです。だから、私が来たのは、経産大臣がそのことで話をしたいということで来たと。

【質問者】
その報告の内容というのは、全面撤退で、だれも1Fからいなくなる、放棄するという意味での撤退という御認識だったわけですか。

【菅前総理】
少なくとも、私に説明してくれた経産大臣やほかのメンバーもそういう認識でしたし、彼らから聞いた、説明した人、私に直接東電関係者が説明したわけではありませんから、経産大臣なり、メンバーからの説明はそういう説明ですから、当然自然にそういう説明である以上はそういうことで理解しました。

【質問者】
総理からすると、非常に唐突な話、申出なり、当然そんなことはあり得ないと思うような話だったという御認識だったのでしょうか。

【菅前総理】
唐突というのと違うんです。つまり、先ほどから言うように、まず状況の把握ができない。こうなりそうだという先の見通しをだれからも的確にいかない。それに対する対策がなかなか、事業的対策は別としてなかなかできない。つまり、そういう非常に広がってきているわけですから、火事で言えば、手がつけられない状況になったら一旦引いて、焼け落ちるまで待つというのはあり得るかもしれません。大きな化学プラントでは、あって最後ですね。しかし、原発というので意味が全然違うわけです。

ですから、意味が違うという意味で、私は今、言ったことを考えていたわけで、唐突、唐突ではないという話とは違うんです。ですから、東電からすれば、普通のでかい火災事故だと思えば、もうこれ以上打つ手がないと。だんだん線量が上がってくると危ないから引上げましようという判断が、それはやる可能性があったのかもしれません。

私の考えとは違いますけれども、唐突とか何とかではなくて、状況が非常に厳しい状況
だったということは、私も認識していました。

菅氏が東電本店に乗り込む形で、東電内に政府と東電の統合対策本部が設置されることとなった。事務局長は細野豪志首相補佐官。

【質問者】
わかりました。

その撤退についての報告なり、話があったのでというか、あった機会に統合対策本部の
設置の話も出てくるわけですけども、これは撤退の話があったので、統合対策本部をつくらなければいかぬとお考えになったのか、それとも、その前からそういった統合的なものをつくらなければいかぬという問題意識もおありになったのか、それはいかがでしょうか。

【菅前総理】
考え方としては重なっています。何度も言っていますように、この問、どうしても意思疎通が、先ほどの話も含めてうまくいかないわけです。後になってこれもわかったわけですが、先ほどの海水注入などを止めろと言わないのに、そんなことも後になってわかりましたけれども、そういう何か意思決定がもやもやとしているわけです。そういう中で何とかしなければという思いが一方ではありました。

それと、まさにちょうど15日の午前3時にそういう話が来て、私は清水社長を呼んだわけです。清水社長は私が言ったときに、そんなことは言っていませんよなんていう反論は一切ありませんでした。私の方から対策をとってもらわないと困りますよと言ったら、わかりましたと。そんなことは全然言っていませんなんていう話は、一切、私の目の前ですから、あり得ませんから、やはり思っていたんだなと思います。

それでもともとあった東電との意思疎通なり、状況を共通で判断しなければいかぬと思
っていましたから、清水社長を呼ぶ前に私なりに考えて、その問、そう考えていました。ですから、ある意味、きっかけは確かに撤退の話があったことですが、何とかそこの関係をきちんとしなければいけないなということは、その前から思っていました。

【質問者】
結果的には、東電本店の対策室があって、テレビ会議システムなんかもあって、それで情報交換は円滑になると思うんですけれども、そういう設備なり、インフラが東電の方であるんだということは御存じだったんでしょうか。

【菅前総理】
私は全く知りません。行ってみて、初めて知りました。

【質問者】
清水社長は、統合して、政府が対策本部を立ち上げようということについては、すぐわかりましたという返事だったのか、それとも若干抵抗なり、ためらいがあったのか。その辺はいかがでしょうか。

【菅前総理】
内心はわかりませんよ。そんなに困りますといって、それを説得して何とかしたというやりとりがたくさんあったかというと、基本的にはこういうものをつくりたいと思うけれどもどうですかと言ったら、一瞬ためらいがあったかどうかまでは覚えていませんが、わかりましたということでした。

【質問者】
細野補佐官を先遣隊といいますか、先に東電本社に行かせて、後から総理と関係者が東電本社の方に行かれるということになったと聞いていますけれども。

【菅前総理】
結局、その瞬間、つくる、つくらないは未知だったんです。撤退の問題ですね。それから、それをつくるという問題ですね。どこに置くかという問題もあった。それまでは、話は聞いてもらっているんですが、それでまずつくれるのかという法律的なことも秘書官の皆さんに聞きました。それで、つくれると。しかし、一応合意の方がいいですから、合意という形で話をして、つくるということになったときに、どこに置くかということも実は考えていました。そのときに、結局、つくっても、官邸なりどこかに置けば、今までと形式が変わるだけで、実質は同じではないかと。

私もどうせ原災本部の本部長ですから、幾ら東電から責任者にそれまでも来てもらっているわけですけれども、同じではないかと。それで、これは何回も言いましたように、官邸があっても、現場があって、東電ですから、ここがよくわからないですから、やはりここに置いた方がいいのではないかというように私自身考えまして、それで、東電、本店という言い方をしますが、本店に置きたいと。

それでいいですかと言ったら、それでいいですと言ったわけです。それで1回目の会議をやりましようと。準備してくださいと。ではということで、私どもは行くわけです。そこに置くことを決めたということも含めて、あらかじめ補佐官に言って、準備というか、やってくれということを言って、先に行ってくれたんです。

【質問者】
東電の本店に行かれて、各関係者に激励等をされて、打ち合わせとかをされたというのがいきさつになりますでしょうか。

東電本店に乗り込んだ首相は、東電社員らに「命をかけろ」と檄を飛ばす。

【菅前総理】
行ってみると、大きな、それこそ官邸の危機管理センターに似たような大きなスクリーンがあって、大勢の人がいて、いろいろ腕章を付けてやっておられました。私はどちらかというと、もうちょっと中枢の人たちが集まった会議をセットしてもらっているのかと思って行ったんですが、多分200人ぐらいの大勢の会議室でした。それで、その場で私から、そんな会でしたから、会長とか社長に、あるいは5人、10人のこういう席での話とはちょっと違うものですから、大勢ですから、多少私なりの気持ちを込めて皆さんに話をしたわけです。

いろいろな議論が出ていますけれども、つまりは、大変なことはわかると。非常に大変
なことだと。皆さんが苦労しているのはよくわかると。しかし、ここは何としても踏ん張ってもらわないと、本当に日本という国は存亡の危機と言ったかどうか、言い方は何かに書いてありますが、その当時、2号機だったので、2号機を放棄すれば、1号、3号、4号、6号更に第2サイトはどうなってしまうのかと。

これらを放棄した場合に、何か月か後にはすべての原発、核廃棄物が崩壊して放射能を発することになると。チェルノブイリの2倍、3倍のものが10基、20基と合わさる。日本の国が成立しなくなる。何としても命がけでこの状況をふさぎ込まない限りは、撤退して黙って見過ごすことはできない。そんなことをすれば、外国は自分たちでやると言い出しかねない。

皆さんは当事者です。命をかけてください。逃げても逃げ切れない。情報伝達が遅いし不正確だ。しかも間違っている。皆さん萎縮しないでくれ。必要な情報を上げてくれ。目の前のことにも、5時間先、10時間先、1日先、1週間先を読み行動することが大事だ。金は幾らかかっても構わない。東電がやるしかない。日本がつぶれるかもしれないときに、撤退はあり得ない。会長、社長も覚悟して決めてくれと。60歳以上が現地に行けばよい。自分はその覚悟でやる。撤退はあり得ないし、撤退したら東電は必ずつぶれる。

最後の一言が刺激的だったかもしれないですが、そんな話をしたんです。だれかメモをとっていたので、私も全部頭で覚えているわけではありませんが、それ以来、撤退の話は全く開かなくなりました。

政府が民間企業の内部に乗り込んで、対策本部を設置するのは異例の措置といえる。その、メリット、デメリットについて質問が出ると、首相は「非常に効果があった」と強調する。

【質問者】
その後、細野補佐官が事務局長ということでそこを仕切られて、いろいろな対応を進められているということだと思いますけれども、その後の状況とかをごらんになって、統合対策本部をつくったメリットとか、あるいは逆にデメリットとか、それについてはどんなふうにお考えでしょうか。

【菅前総理】
結果としては非常によかったと思います。まず、先ほど言いましたように、言ってみたら、少なくとも福島の第1サイト、ほかのところもそうですが、全部ツーカーなのです。

幾ら電話で連絡をとるといっても、極端に言えば社長ととる、会長ととる、吉田所長ととる、だれかととる、みんな1対1なわけです。そうすると、こちらの人はわかっているけれども、こちらの人はすぐにはわからないですね。しかし、あるわけですし、声はボリュームを上げればみんな聞こえるわけです。ですから、多分というか、私がしゃべったことは全部のサイトにつながっているはずです。

最近、絵があるとか、音があると私は止めたことはないんですけれども、別に絵でも音でも、それは東電の判断で、出せるなら勝手に出していただいて全然かまわないんですが、少なくとも全部が共有化するわけです。やはりそれは瞬間に思いました。ここに来れば全部わかるんだと。そのことの持つ意味は、極めて大きかったと思います。

それと重なりますけれども、当時の私の補佐官でもありますが、実質的な完全な責任者で、それに何人かの、勿論保安院とかも入りますが、参与とか委員会にもずっと張り付いてもらいましたが、そういう原子力がある程度わかっている人もつけました。その後はアメリカとの関係も、ほとんど東電の中の統合対策本部が窓口になってやりました。

ですから、情報が現場のことを含めて一元化し、そして決定も、勿論必要なことは私なり経産大臣と一緒に細野大臣があれしていましたけれども、事実上、彼らは少なくとも政府を代表した実質的決定権は持っていましたから、必要なことはこちらに聞いていますから。私も何か言うときは、細野事務局長にこういう意見があるけれども、どうだと彼に言うわけです。私が直接東電とかにはその時点から一切言いませんでした。

彼がそれを東電なり保安院なりに、そのメンバーと、だれからきたという話を言ったか、言わないかは別として、こういう意見が来ているけれどもどうだろうと。例えば4号のプールの補強の問題も、あちこちから来たようですけれども、私のところにもある人が言ってきて、プールちょっと危ないんじゃないのといったら、早速検討してみますと。細野補佐官が東電とかといろいろ検討する。そういうやり方になりましたから、結果としては、情報の一元化と決定の一元化ができた。場合によったら、外国との関係の情報も一元化できた。そういう意味では、非常に効果があったと思います。

政府が民間企業に乗り込む異例の措置について、さらに議論が続く。

【質問者】
いろいろな意見があるんですけれども、情報決定の一元化ということでは非常に効果があったということですが、逆に政府の客観性とか、あるいは事業者との独立性とか、そういう観点で問題はなかったのかみたいな意見もあるだろうと思うのですが。

【菅前総理】
客観性というのはどういうことですか。

【質問者】
つまり、事業者からちょっと離れた立場で物を見るということとか、違った観点で物事を見て判断をするとか、そういったことが薄くなってしまうという懸念はないのかみたいな意見もあるだろうと思うのですが、そういうことは御心配にはならなかったですか。

【菅前総理】
客観性というのは、余りこの問題で意味はよくわからないんだけれども、つまり簡単に言えば、私の総理大臣補佐官ですから、あるいは経産大臣は経産大臣ですから、まさかそういう人が東電の社員に出向するわけではないですから、つまりは、独立性と言えば、逆のですよ。私は、若干逆も考えたんですよ。逆というのは、一般的には民間の企業に政府といえども乗り込んでいって、こうしろああしろということまで、どこまで言えるのかというのはあったわけです。

それで調べてもらったんです。そうしたら、今の原災法は、要件を言えば、そこまで可能だと。ただ、あえてそこは言い方としては、命令とか指示という言葉は使わないで「合意」ということでやったわけです。ですから、独立性というのは、今、言ったような意味で、そういう意味では、それは全くの独立ですよ。独立性ともう一つは何て言われましたか。

【質問者】
先ほどは独立性と客観性と申し上げましたけれども、要するに、事業者から離れた立場で物事を判断する。いいかどうかの判断をするというものが薄れてしまうという懸念はないのか。一体的に判断してしまってということです。

【菅前総理】
私は、別に逆の懸念も強くはありませんが、何かもっとグリップが強過ぎると思って反発されるかなというのはありましたけれども、向こうにやられるという発想は全くありませんでした。

【質問者】
わかりました。この点はよろしいですか。

【質問者】
時間がないので余りあれしませんけれども、結果的にはよかったということですが、他方、もうちょっと話をしますと、要するに基本的には合同で情報を集めたり何かするときに、危機管理センターなり、政府の方にそれを持ってくるという発想は全然なかったですか。先ほど場所をどうするかというので、東電に行くのか何とかというお考えがあって、当時は東電にそういう施設があるということを御存じなかったとおっしゃいましたね。だから、もう一つの可能性としては、危機管理センターにそういう合同本部みたいなものを置くという話は全然ありませんでしたか。

【菅前総理】
これも前後が私も頭の中でははっきりしませんけれども、少なくとも非常に早い段措から、東電は私のところだけではなくて、保安院にも何人かの人を送っています。最初の保安院長が辞めるときに記者会見で、一瞬その記者会見のあれを見てふと思ったんですが、もっと早く保安院も本店に人を出しておけばよかったと言っていたんです。ということは、出していなかったということなんです。

つまりは、現場にも保安院の検査官がいました。それはほとんど機能しないで撤退していました。本店にも行っていないんです。本店からも来ているんです。勿論、私のところも来ているわけです。行ったのは1回きりです。

つまり、官邸なり、あるいは経産省においても、結局来てもらうことになる。だから、結局は最終ポイントは現場ですから、逃げるとか何とかは別ですよ。補償とか何とかは別として、結局、事故を起こしているのは福島の第1サイトですから、そこの情報が共有化できない限りは、それは本当の意味での優先度、もし政府として決めなければいけない問題が結果的に多々あったわけですけれども、それを判断するには、現場の情報が正確に入っていなければいけません。

それには、福島の現場に本部をつくるわけにはいかないとすれば、やはり東電が一番本部がよかったと。ほかのところに置いたのでは、それまでと大差なかったと思っています。

【質問者】
つまり、次の質問とも絡むんですけれども、官邸の情報集約機能がなかなか入ってこなかったので、結局、そういう意味で統合本部をつくって、そういう意味で一元化されたということはわかったんですが、他方、決定というのは、情報集約と決定が一緒にかなり今回みたいなものは一体化しているから、別に分けられないかもしれませんけれども、1つの考え方としては、情報集約を1つにし、そして決定は官邸の機能といいますか、というふうに1つに分けるというか、そういう発想というのはないのかなと思うんです。

つまり、先ほど言った独立性というのが、情報を集めて、そしてそれで判断してどういうふうにするのかというときに、事業者がまず責任を持ってやるけれども、他方、政府としてもそれに対して助言したり、サポートするという機能が1つになってしまったわけですね。ですから、そういう意味では機能的だったのかもしれないけれども、将来のことを考えて、今回は東電だったのでそういう機能があったし、場所もあったけれども、次に同じような事故が起こったときに、やはり事業者のところに行って統合本部を1つつくるという発想でうまくいくのかどうかということを考えなければいけないかと思っているんです。

【菅前総理】
ですから、一般論に戻れば、オフサイトセンターが地震ともっと交通が動けたときにもどうなったかわかりませんけれども、もともとは今、言われたような機能をオフサイトセンターでやることになっていたわけです。しかし、事実上動かなかったわけです。それは勿論、今のような仮定で現場ではないところに、東京のどこかに、あるいは官邸にそういうものを置いて機能したかどうかというのは、仮定としてはいろいろあると思います。

しかし、具体的な今回の事象で言えば、それまでの形がなかなか機能しなかったわけです。何回も言うように、東電からも私の目の前にも、大分送ってもらったつもりです。それから、保安院にも来てもらっているはずです。それが11日、12日、13日、14日となかなかうまく機能しない。それには情報が必ずしも正確に伝わってこないということがありました。

ですから、一般的かどうかは私にもわかりません。しかし、あの時点で私は官邸に置いたのでは、武黒さんに加えて、もう一人偉い人が来たかどうかは別として、結局はそういうことだろうと。

それから、実はこれは後の話になるかもしれませんが、事業者にとっても、事業者だけで考え切れない問題があるわけです。勿論、避難範囲なんていうのはそうですね。これは事業者だけでは考え切れません。それから、ある場面では、先ほどの補強もありましたが、水を全部ふさぐための土の中に壁をつくるということ、まだ工事をやっているかどうかわかりませんけれども、1,000億円ぐらいかかります。そういう費用を東電が決め切れるかとか、いろいろな問題があります。

だから、私は今回のようなシビアアクシデントの場合、炉の問題で、言っているというよりも、それ以外の問題を含めると、東電だけでも決め切れない開題が結構あったし、あるんです。ですから、私は今回のケースで言えば、最初の最初から統合本部をつくるならまた別かもしれません。統合本部にそういう通信機能を持たせるのならまた別かもしれませんが、数日間やってみて、なかったときにやるやり方としては、非常に効果的だったと思います。

今後の在り方として、それはあらかじめそれをここの規制庁の中では、ややそういうあらかじめみたいな発想が出ていますけれども、それはそれで議論があっていいと思います。

統合本部の設置には、第一原発から5キロほどの地点に設置されていたオフサイトセンターがまったく機能しなかったことが発端となっている。

【質問者】
今のことに関連してお聞きしたいのですが、そもそも原災法の建付ですね。平時というか、考え方としては、オンサイトの緊急対応は原子力事業者、オフサイトはオフサイトセンターという建付になっているようですが、そういう建付自体を総理としてはどの段階から御認識になっておられたのか。その辺りをお聞きしたいんで、す。そもそもの建付です。

客観的にオフサイトセンターが動かなくなったということは、後に認識があるわけですけれども、そういう建付自体についての理解はどの時点からおありになったんですか。

【菅前総理】
そういうものが組織的に説明があったかというと、組織的に事前にこうなっていますということを保安院からちゃんと説明を受けた覚えはありません。

【質問者】
この事故後、発災の。

【菅前総理】
ですから、いろんな事柄に関して聞きましたとしか。そして、今の例で言うと、そういうことの指示ができるのかということをおっしゃられたかとありましたが、そうすると、原災法の20条3項に、総理大臣は原子力事業者に対してこういう原子炉の鎮圧、オンサイト対策に対して、そういうことについて指示することができるという解釈です。

ですから、私の方からは、そのときに必要なことは1つずつ聞きました。ただ、あらかじめこうなっていますということを体系的に御説明を受けたかというと、余りその記憶はないです。

【質問者】
例えば15条通報とか、10条通報は一体どんなものなんだという。

【菅前総理】
ですから、それは秘書官の方が全部わかっています。

【質問者】
そのことについて、いわゆる当初こういう建付ですとか、そういう説明はなくて。

【菅前総理】
原災本部については、勿論法律がありますから、ある程度そういうことは最初から説明を受けています。ただ、今のような統合本部をつくるとか、オフサイトセンターが機能していないときにどうしましようとか、そういう相談みたいなことはないままどーんと走り始めたんです。

(続く)


「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」(政府事故調)は、772人の関係者から聞き取りを実施した。政府は、聴取結果書(聴取録)を順次公開しており、2015年9月24日現在、246人分の聴取録が閲覧できる。

聴取録は、福島原発事故への理解を深めるうえで、なお第一級の資料であることから、当プロジェクトは、聴取録の読み解きを進めている。

読み解きにあたっては、国会事故調、政府事故調、民間事故調の各報告書を基礎資料とし、プロジェクトのテーマである「わかりやすい」を追求する。プロジェクトが聴取内容に挿入する、補足的な記述は太字で記載する。また、必要に応じて、文脈に影響しない範囲で、一部の記述を削除、難解な漢字をひらがなにするなど、最小限の編集を加えている。

Source: 内閣官房

(小島寛明)