【政府事故調聴取録を読む1-7】事故対応全般|当時の首相・菅直人氏(7)

Investigation

「政府事故調聴取録を読む」の9回目として、菅直人・元首相の7本目を掲載する。避難指示の経緯、広報の問題点、事故の総括などについて語っている。菅氏の聴取録は7本目が最後となる。

聴取対象者:菅直人氏(事故当時の首相)
聴取日:2012年4月3日
聴取内容:事故対応全般について

【ポイント】

  • 原子力安全・保安院の対応の問題点
  • 原発自己対応と地震・津波対応の連携
  • 参与の機能
  • 避難指示の経緯
  • 広報対応
  • 菅氏による総括

【地震発生後の菅首相の初動対応】
14時46分:地震発生、菅首相は参議院から官邸へ戻る
15時37分:第一原発、全交流電源喪失
16時14分:緊急災害対策本部を設置
16時36分:官邸対策室を設置
16時45分:東電、第一原発の全電源喪失を原災法15条に基づき経産相に通報
17時ごろ:菅首相、東電、保安院から第一原発の状況の説明を受ける
17時42分:海江田万里経産相、原災法15条事象を菅首相に報告
時刻不明:菅首相、党首会談に出席
19時03分:原子力緊急事態宣言を発令
22時~23時最初の電源車が第一原発に到着

3月12日
01時30分:東電などから1号機、2号機のベントの必要性について説明を受ける
01時~02時ごろ:第一原発の現場視察の検討を指示
10時47分:福島第一原発の視察から首相官邸に戻る
15時36分:1号機の原子炉建屋で水素爆発
16時49分:日本テレビが水素爆発の情報を放送
17時45分:経産相、海水注入を指示
19時04分:東電、1号機に海水注入を開始

3月13日
時間不明:菅首相、東芝の社長と協議
12時27分:3号機に淡水100トンを注入終了

3月14日
11時01分:3号機の原子炉建屋が爆発
18時ごろ:2号機のSR弁(主蒸気逃がし安全弁)を開放
18時22分:2号機の燃料がむき出し状態に

3月15日
04時ごろ:菅首相、東電の清水社長から撤退の意向を確認
05時30分:統合対策本部
06時12分:4号機の原子炉建屋で爆発
11時00分:福島第一原発から30キロ圏内に屋内退避指示

【初動の避難指示の経過】

  1. 11日21時23分、第一原発から3キロ圏内
  2. 12日04時45分、第一原発から10キロ圏内
  3. 12日07時45分、第二原発から3キロ圏内
  4. 12日17時39分、第二原発から10キロ圏内
  5. 12日18時25分、第一原発から20キロ圏内
  6. 15日11時、第一原発から20~30キロ圏内に屋内退避を指示

 


保安院の対応についての質疑。

【質問者】
では、時系列の話の御質問を終了させていただきます。次の項目で、官邸内、各省庁の関係スタッフとの役割分担とか、そういう官邸における情報収集や分析の状況、次の項目に移らせていただきたいと思います。

ここで幾っかかいつまんでお伺いしたいのは、まず、先ほど寺坂院長とか平岡次長とか安井部長の説明ぶりについてご説明がありましたけれども、保安院全体としてその機能を十分果たしていたのかどうかだとか、どこに問題があったかとか、そういうことについてどういう御認識があったかということと、安全委員会の役割なり機能についてはどうだったかということをお伺いしたいのですが、いかがでございましょうか。

寺坂信昭・原子力安全・保安院院長、平岡英治・原子力安全・保安院次長、安井正也・原子力安全・保安院付

【菅前総理】
私の立場から言うと、保安院というのは、やはり経産大臣とその下における保安院長を始め、保安院のしかるべき責任ある人は私に対して説明してくれるということで見るわけです。これはほかの平時もそうです。例えば外務省で日米関係であれば北米局長が来て説明するとか、そういう形です。その下のスタッフがどういうことをしているかというところまでは、普通の場合は見えません。

ですから、今の御質問は、保安院がどのように機能していたか、あるいは原子力安全委員会がどのように機能していたかというのは、私から見ると、まず第一義的には、私のところにちゃんと説明に来た人の説明があって、それをちゃんと彼らの足元がサポートして、そこで決めたり、こうしましようといったことが実行されていれば機能しているし、それが不十分なら機能していないと見るしかないんです。

ですから、保安院に関しては、先ほど来言っておりますように、最初に来て、状況説明もほとんどちゃんとした状況説明ができない。それから、仮定でもいいから、こういうふうになっているかもしれないから、この場合はこういう場合、あの場合はこういう場合とした方がいいというあらかじめの予測も何も出ていない。少なくとも最初の段階では、保安院は、そういうレベルでは、私のところでは機能していませんでした。

ただ、いろんな報道を見ると、その足元ではいろいろな議論があったというのですが、あるのなら、それでちゃんと的確にそういうことをしかるべき人が、もし私が判断しなければいけないことにかかわらず、後ほど出るかもしれないSPEEDIの問題などをもしやっているのなら、当然私なり、官房長官に言ってこなければいけないわけですから、少なくとも私のところで言うと、当初はそういうことが機能していないと、私の目から見ると。その下はわかりません。

SPEEDI: System for Prediction of Environmental Emergency Dose Information, 緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム

原子力安全委員会は、これも先ほど申し上げましたが、委員長の班目さんに早い段階で来てもらって、かなり長い時間、いろいろな場面で御一緒しました。個人としての意見はよく間かせてもらいました。大変参考になることもたくさんありました。ただ、組織としてそれがどこまでサポートされているかというのは、今度こちらはこちらで若干わからないというよりも、班目さん御自身も苦労されたという感じですね。

斑目春樹・原子力安全委員長

あそこも数人の専門家というか、学者グループに事務局が100人か200人いるわけですけれども、そこがどこまでサポートした形で委員長なり、副委員長なり、委員がアドバイスしてくださったかという面で、アドバイスは非常に助かりました。例えば逃げる範囲の問題だとか、全部原子力安全委員会の助言を開いてやりました。

【質問者】
この辺は、中間報告でも保安院の問題点については若干書かせていただいたりしたんですが、多分最終報告の中でもいろいろな規制機関についてのコメントなり、評価だとかということを委員の方で議論をされる貴重な材料なのだろうと思うのですが、保安院が十分機能しなかった、議論が少なかった背景なり、要因なりについて何かお考えがあればお伺いしたいのと、安全委員会の組織のサポートの不十分さということがあるわけですけれども、それについてもどうであるべきなのかということについての御見解がありましたらお願いいたします。

【菅前総理】
これは非常に大きな問題です。ですから、属人的な問題とか何とかみたいなこととか、人事の問題から、もっともっと根本的な問題まであると思うんです。もっともっと言えば、よく言われる原子力村とかいろいろなことが影響していると思います。ですから、余りぼんやり言っても仕方がありませんが、あえて2つ、3つ言います。

1つは、やはり原子力安全・保安院の存在の位置づけですね。たしか1999年だったか、2000年だったか、科技庁が文科省に合併されたときに、科技庁にあった原子力安全局がたしか経産の何とか安全局と一緒になってできたのがこれですから、原子力推進という意味では、勿論科技庁もそうだったんですが、少なくとも2系列ではなくて、経産省の中に1系列になったと。

科学技術庁:2001年の省庁再編で文部科学省と統合

やはりやらせなどを保安院がやっていたというのは、私の気持ちの中では考えられないし、許せないですね。別のところがやってもいけないんだけれども、安全を管理するところが安全性をゆがめるようなことをやっていたというのは、考え方として許せないんですけれども、やはりそういうことの背景には、原子力安全行政が経産省の中にあって、しかも推進のところの役割を担わされていたという構造的な罰題があるわけです。

別に個人が悪いわけではないにしても、あのとき省庁を再編して少なくするのが行革だというのが当時の橋本内閣の言わば売りでしたから、いろんな役所が少なくなって、とうとう大臣も20名から17名になるわけですから、このころしましたから、今でも若干苦労していますけれども、つまりは、大臣を減らして、役所の数を減らしたからといって、仕事は減らないわりです。

橋本内閣:橋本龍太郎内閣。橋本行革と言われた省庁再編で中央省庁が1府12省庁体制になった

そういう巨大官庁になって、責任体制が不明確になる。だから、そういう意味では、原子力安全・保安院について、今度根本から変えて、安全規制庁にしますが、これは相当しっかり考えないといけません。それと、将来のことともダブることで言えば、やはり人材です。私は原子力安全・保安院から当然原子力の専門家が相当いる組織だと思っていましたから、まだ正確には私も全部見ているわけではありませんが、この間もその関係の話をいろいろ聞きましたが、やはり本当の炉のプロというのがそれほどいないのかなと。

例えばこの関もちょっと聞いたら、原子炉主任技術者という資格があって、大体ああいう所長とか当直ぐらいするような人は全部東電の中でも、あるいは電力会社は持っていると。では、保安院などはそういうものを持っている人はいるんですかといったら、1人ぐらいおられるかなとか、私は筆記試験はやったけれども、6か月も実地があるので、そういうものは受けていないけれどもとか、詳しい人でもそのぐらいです。

結局、ときどき先ほども話になりましたが、アメリカのNRCとの比較を言いますが、形式上の違いよりも、その分野における能力集団の厚みみたいなものが圧倒的に原子力安全・保安院にはなかったと思います。ですから、結局、よく言われるように、圧倒的に電力会社の方が厚みがあるから、言ってみれば、相手に質問をつくってもらって、答案も出してもらっているようなことで、余り長々としてもあれですから、そういう問題点は極めてあったと思います。

NRC: Nuclear Regulatory Commission, 米国の原子力規制委員会

それから、原子力安全委員会は、ここもなかなか私はまだ評価がし切れません。もともと原子力委員会から分かれたと聞いていますけれども、今後どういう位置づけがいいのか。今回の新しい法案では、ある部分では規制庁が経産から独立する部分だけ、原子力安全委員会は原子力調査委員会となるとか名前が変わりますが、直接総理とかに対するアドバイスという役割ではなくなっていますね。

必ずしも総理に権限が集まるのはいいとは全然思っていません。総理に権限が集まるのは、今回のことは私は例外だと思っています。権限があったか、なかったかは別として。だけど、少なくともどこかにしっかりした能力とぎりぎりのときの権限がどこかからちゃんと入るように。後ほど時聞があれば言いますけれども、やはり平時と緊急時は違いますから、そこの組立てということで言えば、残念ながら、原子力安全・保安院はもとより、安全委員会の位置づけもやや不十分だったかと思います。

以下、原発対応と地震・津波対応の連携についての質疑。

【質問者】
ありがとうございます。よろしいですか。

こちらの関係ではもう一つ、やはり中間報告でも書かせていただいているのですが、原発の対応関係は基本的に5階で分析とか判断が進められていて、津波とかの対策は基本的には地下の緊急参集チームで進められるわけですけれども、特に避難とかに関しまして、情報疎通とか意思疎通が若干不十分なところがあったのではないかということを指摘しております。ここら辺の地下の緊急参集チームとの連携といいますか、あるいは情報共有なりにつきましては、どのようなお考えでいますか。御感想をよろしいでしょうか。

【菅前総理】
まず、原則の方から言うと、緊急参集チームというのは、私の理解では、たしか危機管理監が責任者で、各省庁から集めるかなり高いレベルの実務者集団なんです。総理とか官房長官に何らかの判断を仰ぐとすれば、そこのしかるべき人が行って、報告なり相談をするんです。

危機管理監:内閣危機管理監

物理的に5階と地下と言いますけれども、多くの場合、私が地下に降りたのは、地震、津波でみんな物すごい寝ないで頑張っていますから、そちらの方は松本大臣がずっと座り込んで、やってくれていましたから、そういう皆さんに対して激励に行ったりするときが主なんです。実務的に総理がそこの緊急参集チームに入って議論するという建付には全くなっていません。

ですから、5階と地下という言い方は、原発事故について、ある意味オフサイトセンターが動かない中で官邸の5階にそういう関係者が集まって実質的なことをやることになったということで5階と言われているのですが、必要なことがあれば緊急参集チームは幾らでも、同じ建物の中ですから、報官でも相談でもくれているし、緊急参集チームの主要メンバー、少なくとも保安院とかはいるわけですから、そこは結果としてこういうことが不十分だったという言い方をされるのは、一概に全部間違っているとまでは言えませんが、もともと性格が違うんです。

だから、もともと緊急参集チームは緊急参集チームとして1つの機能を持って、それを総理とか官房長官に上げるときは、それを上げてくればいいんです。ただ地下だからとか、離れているからとかという話とは全然別です。

【質問者】
分かれていることに問題があるのではなくて。

【菅前総理】
それはもともと、私が緊急参集チームなどにいたら、それは逆にちょっとあれではないですか。緊急参集チームというのは政治家は一般的に入っていませんから、ちょっと性格が違うんです。だから、それを物理的に上下だったということで、実質的なことはいろいろありました。だけど、形式的にそれで連携が不十分だったのではありません。連携すればいいんです。必要な情報は相談に来ればいいんです。あるいは必要な人が行けばいいんですよ。

【質問者】
わかりました。

【質問者】
1点だけよろしいですか。もう一つ、危機管理センターの中二階という小さな部屋があるわけですが、そこでも何回か重要な話し合いが行われたということなんですけれども、私が聞きたいのは、個人がどうというのではなくて、危機管理監の役割が緊急参集チームのリーダーとして、別に縦割の役所のいろんな情報を全部集めて、そしてそれなりのにはめていくという役割かという気がするんですけれども、今回その辺の機能が十分だったのかどうかというのは、いろいろなヒアリングを見ていると、その辺にもうちょっと有機的な連携ができていなかったのかという気がするんです。

【菅前総理】
私はやはり、1つは性格が違うと思う。2つのことをやっているわけですよ。つまり、地震、津波というものと、原発事故というのは物事の性格が違うわけですよ。ですから、緊急参集チームというのは、どういうメンバーがどっちにどうなっていたかということは細かく知りませんけれども、多分、地震、津波の方は一定の経験があるわけですよ。

それは阪神・淡路にしてもいろいろな災害がありますからね。確かに農林省から何からいろいろなことがあるわけですよ。勿論警察も。しかし、原発の方は当初ですよ。あと、放射線被害の方は農林省とかどんどん出ていきますけれども、当初は対象は東電なんですよ。ですから、一般的にちょっと性格が違うと思うんです。

その違うことを勿論危機管理監がどういう形で全部をマネジメントされていたかというのは、そこまでは私にはわかりません。ただ、原発に関して言えば、場面場面では危機管理監にも同席してもらって、いろんな判断を共有してもらったということは何度もというか、相当あります。

【質問者】
そうしますと、当時の総理の仕分けとしては、緊急参集チームというのは、震災、津波の方を主にやっているチームだと考えておられたんですか。

【菅前総理】
というか、私は閣僚までは見ています。閣僚の下にあるいろんな実務組織について、それがいちいち言われました。いろんな本部をたくさんつくり過ぎではないかという言い方もされましたが、性格が違えば、何かを分けていたかもしれません。ただ、一般的な名称という緊急参集チームというのがどういう役割をどの程度どっちをやっていたかということは細かくは知りません。

ただ、どちらかといえば、地震、津波については、その機能は非常に重要だったのではないでしょうか。勿論、原発についても重要ですけれども、今、言ったように最初のところは、省庁横断というよりも、東電の炉の問題なんです。

原発事故対応では、アドバイザーのような立場で、様々な専門家が内閣官房参与に任命された。参与の位置づけなどについての質疑。

【質問者】
よろしいですか。
では、この項目は終わりにしまして、その次の項目で、参与の任命とか、プラント職員を官邸に招集した経緯ということで、先ほどプラントメーカーのことは聞きましたので、参与の任命ということで、何人かの方を参与に任命されて、アドバイスとかを求められておられます。それぞれの役割分担がよくわからないところもありまして、本当にあらましだけで結構ですけれども、どういう役割を果たしてもらったのかということについてお教えいただければと思います。

具体的に内閣官房参与として任命されましたのは、小佐古さん、日比野さん、山口昇さん、東京工業大学の有冨正憲さん、斉藤正樹さん、多摩大学大学院の田坂広志さんと聞いておりまして、どんな役割なり、どんなことをしてもらったのかということだけお伺いできればと思います。簡単で結構でございますけれども、よろしくお願いします。

小佐古敏荘、日比野靖、山口昇、有冨正憲、斉藤正樹、田坂広志の各氏

【菅前総理】
原発事故に関しては、今、言われたような方だったと私も思っています。それから、必ずしも参与という形ではない方でも個人的にいろいろ意見を聞いている人は、それ以外にもあります。

主に炉の関係の専門家の方がこの中に、有冨さんとか斉藤さんとか、そういう関係の方がおられて、小佐古さんは多分放射性被害の方だと思います。若干それぞれのジャンルが違います。ですから、私としては、一般的に言えば、それぞれの方に私として意見を聞きたいことについて、それに関して高い知見を持っておられる方に話を聞いたということです。

【質問者】
特に有用であった参考になったという方とか、逆にこれは参考にならなかった方というのは、言い方も変ですけれども、そういう方があればお伺いできればと思います。

【菅前総理】
基本的には、勿論いろんな切り口のことをお開きしましたから、私にとっては大変参考になりました。若干、小佐古さんについて途中で辞めるときの記者会見などでいろいろ波紋を呼びましたが、この方については、ある人がこういう立派な人がいるからということで、私がお願いしたというのはそういう経緯だったのですが、経歴は立派な方なので、議論に参加してもらったつもりなんですけれども、やはり結論がいい悪いというところまでは専門家の議論ですから、例の20mSvとか100mSvとか、それは専門家の中で話をして、専門家の中でやって合意形成でやっていただきたかったんですが、その合意形成の中で自分の意見が通らなかったから、政府はけしからんといって辞められたわけですけれども、それは私としては、ちゃんとそういう話をしていただく場はきちんとしたつもりなんですが、そういうケースもありましたけれども、他の皆さんは、どちらかといえば、直接私に対するアドバイスでしたから、私としては非常にいろんな切り口で参考になりました。

小佐古敏荘氏は、2011年3月16日に内閣官房参与に就任。校庭が利用できる放射線量をめぐる意見対立で、4月30日付で参与を辞任した。

【質問者】
総理のアドバイス、特に個人的なアドバイスを受けるということはよくあり得る話だとは思うんですが、特に小佐古さんの場合には、いわゆる関係省庁や国に対するいろいろな提言とか施策についてのいろいろな御意見なりということもあったようでして、指揮系統の混乱とかということを起こす懸念とか、あるいはいろいろ錯綜してしまうということはしないように注意する必要もあったんだと思うんですけれども、その辺は何か御配慮されたということはあるんでしょうか。

【菅前総理】
ですから、今も申し上げたように、結果としてそういう多少のいろんなことが辞められた方も含めてありました。どちらかというと、これは放射能被害の問題だと思いますから、私が直接お願いするという形ではなくて、私はそちらよりも炉のことをやっていましたので、どちらかといえば、そちらの被害は官房長官部局でしょうか。

そこにある小佐古さんの弟子になるうちの政治家がいまして、こういう立派な先生がいるから是非という話があって、上がってきたので、やはり立派ないい人ならいいですよということで、責任としては勿論私が任命したことにはなります。ただ、私に対するアドバイスという位置づけではありませんでした。参与ではありますけれども、私個人に対するアドバイスという形ではありませんでした。

【質問者】
わかりました。では、この点はよろしいでしょうか。それでは、次の質問をさせていただきます。

以下、避難指示をめぐる質疑。初動の避難指示の経緯は次の通り。

  1. 3月11日21時23分、第一原発から3キロ圏内
  2. 3月12日04時45分、第一原発から10キロ圏内
  3. 3月12日07時45分、第二原発から3キロ圏内
  4. 3月12日17時39分、第二原発から10キロ圏内
  5. 3月12日18時25分、第一原発から20キロ圏内
  6. 3月15日11時、第一原発から20~30キロ圏内に屋内退避を指示

事業者との役割分担を含めた事故対処の状況、大きな観点でございます。これは委員の方から御質問ございますか。事業者との役割分担のことです。よろしいですか。では、2の避難関係の方に移らせていただきまして、こちらの方も①~⑥まで書いておりますけれども、順次拡大ということで、何回も指示がありますので、かいつまんでお伺いしたいと思います。

まず、一番最初の避難指示が11日の21時23分、1Fから半径3km以内の避難指示でございます。これは先ほどお伺いしたことにも関係しますけれども、本来避難であれば、オフサイトセンターで決めるべき話だったと思うんですが、この段階で官邸で避難の範囲を議論して検討されているということなので、ここら辺はやはりオフサイトセンターから上がってこないので、官邸がリーダーシップをとらざるを得ないという御認識だったという理解でよろしいでしょうか。

【菅前総理】
先ほど来言っていますように、そういう仕分けを最初に説明がなかったんですよ。ですから、この21時23分というのは、多分副大臣が現地に着くのがO時ごろですから、当然副大臣も着いていませんし、ほとんどのメンバーは当時集まっていないでしょう。ですから、今こういう状況だから、こちらとやりましょうみたいなことがあれば覚えています。

しかし、そういうことの説明はなかったんです。その中で、だからといって、本部長である以上は責任がありますから、どうなっていると聞いたら、原子炉の状況が、簡単に言えば冷却機能が止まっていると、圧力が上がっていると、やはりこれは、ある範囲に電源が必要ではないかと。

ですから、そのときにオフサイトセンターがやるべき仕事か仕事でないとかということがもしあるならば、それはちゃんとしかるべき人が説明してもらえば、それも含めてどうするか決めましたけれども、少なくともそういうことがない中で、結局最終的な責任は本部長にありますから、私として先ほど言ったような三者の意見を含めて、つまりは東電と保安院と安全委員会の意見もちゃんと含めて、その中でこの範囲ならいいだろうということを専門家の意見も含めて決めました。

それから、オフサイトセンターの関係というのは、今、言ったように、特にその段階で説明を受けていません。

【質問者】
わかりました。次の②の1Fから半径10km以内と拡大をしておりまして、これは翌日の12日の4時45分ということで、1Fの視察に行かれる前の時点です。これは状況的には、1Fのベントがなかなかできていないと。では、そのベントができていないのでは危険性が高まるのではないかということで、避難範囲を拡大したと理解してよろしいでしょうか。

【菅前総理】
基本はそうだったと思います。多少ややこしいのは、なるべく範囲を広げた方が安全だという考え方が一方ではあるんですが、現実に逃げられるかという問題がもう一方ではあるんです。これは御存じのように、11日の最初が午後9時ですから、その中でまさにベントが必要だと。ベントが必要だからといって、夜中の12時に10kmに広げたときに、10kmを逃がす手立てがあるのかという問題も、これは主に官房長部局なり危機管理監の方で警察とかと、失礼、官房長官とかそちらの方でやってくれていました。

比較的原子力安全委員会などは、外国の事例とか何かを見て、このくらいなら十分大丈夫と。だから、私の意識では、そういうアドバイスに対して言えば、どちらかといえば、できるだけ広めにとろうという意識はありました。しかし、一方で、先ほど言ったように、ちゃんと逃がすことができるのか、受入先があるのかということが、一方で、官房長官を中心にやってくれていたという認識です。

【質問者】
わかりました。それで、受入先も含めて段取りをしていますという報告が上がってきて、それでわかったということで10kmなら10kmと判断されて、了承されるという順番での意思決定と理解してよろしゅうございますか。

【菅前総理】
ですから、現場に住んでいる方から言えば、それも不十分だったといろいろな指摘は出ています。ですから、全部が十分に周知した上でやったかとかいろいろなことで言えば、それはいろんな努力もあったと思うんです。だから、それは今すぐ爆発するとなったら、逃げ道がなくても、あってもすぐ出てくれと一旦は言わざるを得ないわけですが、そういう緊急性とそういうことを勘案しながらやったでしょうが、段取りが全部正しくやられたとは言いません。

ただ、そのことも常に一方に頭に置いて、一方でベントによる影響の危険性、更には格納容器が万一崩壊したときの危険性ということを一方で考え、一方で逃げることを考えて、両方考えてやったということは言えます。

【質問者】
わかりました。

時系列的に言いますと、その次がその日の7時45分です。これは2Fの方ですけれども、2Fから半径3km以内という避難指示がありまして、それは視察の最中ですから、1Fに行かれているときに報告を受けたといういきさつになりますでしょうか。

【菅前総理】
そうですね。これは多分、経産大臣の方であれしていたのかな。大体第1と第2でほぼ、第2はそこまでいきませんでしたけれども、言わば第1の一種の経験を踏まえて、事実上、経産大臣なり、官房長官の方で判断して、私の了解をとったという経緯だったと思います。

【質問者】
その後、その日の夕方になるわけですけれども、17時39分に2Fの方が拡大しておりまして、半径10km圏内は避難ということになっているわけです。これは1号機の水素爆発があったわけですが、それがあったので2Fでも同じようなことがあるかもしれないという懸念で拡大されたということで理解してよろしゅうございましょうか。

【菅前総理】
基本的に、1Fに比べれば2Fはやや時系列が遅れていますけれども、やはり1の危険性と似た危険性が起きそうだということで、同じように広げたということだったと思います。

【質問者】
1Fの方も、その40分ぐらい後、18時25分に、今度は20kmに拡大するということになるわけですが、ひとつ腑に落ちないのが、2Fの方の10kmの判断と1Fの20kmの判断が若干ずれていると。状況的に1Fの方が爆発ということを踏まえたのであれば、同じタイミングで一緒に議論をして検討してもいいのかなという感じもするのですが、それがずれたいきさつだとかについては、何か御記憶はございますでしょうか。

【菅前総理】
1Fが余りにも激しかったので、2Fについての突っ込んだ議論というのが私の頭の中に余り正確に入っていません。それよりも前に、15時36分に1号機で水素爆発が起きているんです。これは非常に衝撃的でした。先ほども言いましたように、そういうことを踏まえて、爆発の報告も遅れましたけれども、水素爆発が起きたという事象の中で1Fを更に20kmに広げたというのはあります。

ただ、1Fと2Fの関連で一緒でないのがどうかという話までは、記憶はそこまでありません。

【質問者】
ほかの方にお伺いしますと、この1Fの20kmの方は、先ほど再臨界の話も含めて、海水注入の話があるわけですね。その話が終わった間際ぐらいに拡大しなくていいのかという話が出て、20kmに拡大したんだという話を聞いてございます。

【菅前総理】
それはどなたからですか。

【質問者】
同席された方。細野補佐官だとか、福山副長官からお伺いしているんですけれども、海水注入とか再臨界などの議論があって、その議論が終わりかけに1Fの方の避難範囲を拡大しなくていいのかという問題提起があって、拡大したんだと。このタイミングで20kmになったんだという話を聞いているのですが、先ほど、1号機の水素爆発が非常に激しくて、そこの人の懸念なり問題意識が強かったのであれば、むしろ1Fの方を広げて、更に2Fの方も広げるという順番だったらわかるのですが、逆に2Fの方を10kmに広げて、その後に1Fの方が20kmに広がるという順番なものですから、何か釈然としない感じを受けてしまったということです。

【菅前総理】
そこは余り1Fと2Fのバランスというのは、私の意識の中ではバランスという感覚はないです。例えば逆に言うと、アメリカとか外国は最初から50マイルでしたから、そういう情報は勿論この時点では当然入ってきていると思います。ですから、先ほどから言うように、できるだけ広くしたいという気は一方では常にあったんです。事象がだんだん進んでいますからね。だから、これがあったからこう、これがあったからこうという1対1対応で言える部分と、一般的にもっと危ないのではないかということを言う人はたくさんありました。それはあったと。

それと、逃げたときの対応なり、自治体の対応とかを含めてやっていました。ですから、余り第2サイトと第1サイトのバランスという方の発想は、私の段階での記憶には余りありません。だから、特に官房長官の方が、退避の方がいろいろな自治体との関係でやってくれていましたから、あるいは副長官もです。私としては、やはり安全性をできるだけしっかりとろうという意識はありました。

【質問者】
わかりました。

1Fの20km拡大の背景ですが、再臨界の危険性もあるから拡大したのではないかという説明をされる方もおられるのですけれども、そういう御認識はございますか。1度水素爆発があったので、炉の状態が悪化しているのでという御認識だったのか。そこの確認です。

【菅前総理】
やはり「再臨界」という言葉が、もしかしたら刺激を与えたとごらんになっているかもしれませんけれども、一般的には再臨界は非常に起きにくいんです。だから、勿論事故そのものも、こんな事故がしょっちゅう起きてはいけないんですが、何か再臨界だから云々という、再臨界になりそうな傾向が出ているというようなことではない。再臨界というのは、考え方としては非常に怖い状況ですから、なりそうだというよりは、ならない手だてをちゃんと用意できるかということです。そちらなんですよ。

再臨界を防ぐことは、私も先ほどから言うように、専門家ではありませんが、普通は再臨界を防ぐというのはそんなに特殊なことではありませんから、ただ、爆発は現実に起きているわけです。圧力が上がったら、本当に壊れたら大変なことですから、そちらのことが逃げる範囲にはしますけれども、再臨界と逃げる範囲が私の頭の中で検討した後は、ちょっと違う次元です。

【質問者】
わかりました。

【質問者】
総理はできるだけ安全にということを考えておられたということですけれども、その日に第一原発から半径20kmということで決められるわけですが、そのときに総理としては、すんなり20kmということでいいではないかと決まったのか。それとも、いろいろかなり議論した末の話なのか。いろいろな記録によると、安全委員会の久木田委員が20km以上は必要ないということを言われたということで、それで最終的に決まったんですけれども、何か強く強調しておられたため、20で本当にいいのかどうかですね。

【菅前総理】
何度も申し上げるように、原子力安全委員会の助言をいただいて決めたということは間違いありません。久木田さんですか。常に最終的には、助言と併せて決めました。ただ、その中で専門家の方から話を聞くことは勿論あったと思いますけれども、私の中でなるべく安全をとりたいという気持ちはありました。ただ一方で、意外と原子力安全委員会の方は、もともとのシミュレーションには8kmとか10kmだとか、外国でもそこまではないとか、オフサイトセンターには10kmまでしか地図がなくて、20kmまでの地図はなかったとか、つまり、それこそ想定をはるかに超えているわけです。

ですから、そのときにきちんとした対応ができるかというのは、シミュレーションがないわけです。ですから、かんかんがくがくやったというよりは、一方ではできるだけ安全をとりたいけれども、一方では専門家から見れば、そこまでは大丈夫というのと、一方で、どこまで順序正しく逃げることができるか。あるいは自治体などもなかなか、細かいところはわかりませんけれども、はるか範囲を超えると今度は、県庁が入るとかいろいろな問題が起きるわけです。

そうすると、混乱という意味では、非常に範囲が広がるということは、単に砂漠で逃げるならなんてことはないですけれども、そういうこともいろいろな情報が入りますから、それらを勘案した中で、最後の決定は勿論私がしましたが、そのプロセスを全部私が細かく全部入っているわけではありません。

【質問者】
では、避難の関係の6番目が、15日の11時ですが、これは屋内退避の範囲の拡大ですが、1Fから20kmから30kmの範囲を屋内退避にしています。このいきさつですが、15日には4号機の爆発とか、2号機の異常とかということもあったわけですが、この辺が背景になっているのか、検討を決めたいきさつについてお伺いできればと思います。

【菅前総理】
先ほど来言っているように、この辺りを一番詳しいのは、多分官房長官と副長官だと思うんですよ。一般的に、避難の方はそちらの方の担当で役割分担していました。私の理解では、やはりこの辺りが最悪の状況でしたね。いろいろなことが次から次に爆発する、何とかする、その先は読めないという状況の中で、多分このときに屋内退避ということをあれしたのは、逆に危機感が強かったのではないでしょうか。

時間にもよりますけれども、逆に放射性物質がどんどん降ってきたときに、その間に野外にいることについて、屋内にいた方が、少なくともその段階では安全だという判断等を含めて判断したんだったと思っています。ここは余り私も、主に官房長官部局がやってくれていましたので。

【質問者】
1つは、30kmの屋内退避ということになったのですが、30kmは避難の必要はないのかみたいな検討をしたという話をされた方がいたり、東電が放射性物質の拡散のシミュレーションの説明か何かに来て、それでは20kmに収まる話だったんだけれども、複数機が悪い状態になった場合に、本当にそれで、済むのかというお話。

【菅前総理】
何が悪かったんですか。

【質問者】
複数の炉です。それで総理からあって、では、もう一回考えさせてもらえないかという話になったみたいな話をする方もおられて。

【菅前総理】
先ほど言ったように、私としてはできるだけ安全はとりたいという気持ちがあったから、そういうことを含めて考えてくれということは言った可能性は十分あります。ただ、何回も言うように、一般的に安全圏も、安全な距離をとりたいということと、専門家から見てそこまで必要ないということと、あるいは短期の場合は、中にいた方が安全だということ等と、自治体とか現場から言うと、率直に言うど、自治体などは余りどんどん拡大していくということに対しては、やや慎重論があったようです。

私が直接あれしているわけではないですから、もし調べるなら、ここはやはりよくわかっている人に聞いていただいた方がいいです。

計画的避難区域、緊急時避難準備区域の設定に関する質疑。現在の避難指示区域は、帰還困難区域、居住制限区域、避難指示解除準備区域の3種類がある。

【質問者】
ありがとうございます。

あとは、避難関係の最後の項目が、計画的避難区域、緊急時避難準備区域の決裁状況ということですが、これは3月下旬ぐらいから検討が始まって、いろいろな検討を経て、4月22日に方向性が、4月11日に基本的な考え方が官房長官から発表されるといういきさつです。大体詳しい検討のいきさつは把握しているつもりですが、総理の方からごらんになって、この辺の決め方とか方針について、こんな指示をしたとか、こんな問題意識を持っていたということがあれば教えていただければと思います。

【菅前総理】
ここはSPEEDIの結果とかいろいろなことを含めての段階ですね。ここは同じ繰り返しですけれども、やはり官房長官の部局で中心にやっていましたので、私は報告を受けて、最終決裁をしていますけれども、かなり現場との相談とか、いろいろなことをやっていますので、最終的に私なりに納得できたので了解したということです。

広報を

【質問者】
わかりました。

時間があと30分しかなくなりました。かいつまんでいかなければいけないので、線量引き上げ等はちょっと飛ばしまして、広報関係の方に移らせていただければと思います。

広報関係でお伺いしたいのは、最初は例の3月12日の炉心溶融の可能性を認めた保安院の会見についてのことですけれども、これは12日の午前9時とかお昼ぐらいの段階で、保安院の中村審議官という方が会見されていて、炉心溶融の可能性があるとか、炉心溶融が進んでいるのではないかとかということでしたけれども、それについて、その後、貞森秘書官から官邸に言わずにそういうことを言うのは、官邸の方にも入れてくれという指示を出したりしているという経緯があるのですが、この辺の経緯というのがそのときなり、あるいは事後的なりにはお聞きになっておられますでしょうか。

中村幸一郎・原子力安全・保安院審議官

【菅前総理】
国民に対する説明は、ほぼ100%官房長官にこれまでの制度上もそうなっているのでお願いしていたので、私はその中村審議官の発言がどうだったか。当時、私がそう意識したかというと、後になって問題になった段階で聞きましたが、細かい経緯を頭の中にあるかというと、そうありません。

だから、私は、たしか官房長官も、メルトダウンの可能性については割と早い段階から可能性があるという認識は示していたということで、そんな決定的に何か違っているのではなくて、言わばその間なのか、どこの間かは別として、いろんなことを言うと、これはマスコミが勿論そういう性格ですから、ちょっと間違っていたら、その違っていることを猛烈に言うものですから、私が一時合同でやることをいろんなことをやりましたけれども、よけい不安というか、いろいろなことが起きるので、だから、多分それをある程度発表を統一的にしようとしたのではないかと思います。

だから、そんなに本質的にこの何かが違っていたと、少なくともこの段階ではですよ。最後にメルトダウンを認める、認めないは、大分期間があり過ぎて若干あれですけれども、この段階ではそんな感じはしていますね。

【質問者】
これは必ずしも個別のお話というよりも、当時の保安院のプレス対応とか、保安院の記者対応とか広報対応とか、それについてどういうふうにごらんになっていたかということだと思うんですけれども、総理がごらんになって、いいとか悪いとか不十分とかいろいろ御感想があろうかと思うんですが、いかがでございましょうか。

【菅前総理】
今、言いましたように、特に広報は、私自身は勿論回数は少なかったですけれども、広報をしましたが、基本的に私は、当時は広報関係は官房長官がもともとやっていましたし、私自身は中身のことを特にずっと気にしなければいけないと自分で思っていましたから、余り総理が、ちょっと言葉は難しいですけれども、ちょっとでも言うと、最後の1人というのは、あとで意外とききませんから、だから、私はそこは官房長官以下のところがしっかりやってくれという目で見ていました。それ以上ではありません。

【質問者】
今度は、東電の方の情報提供とか、あるいは東電等の情報共有の話なんですけれども、1号機が爆発した12日ですが、その日の夜に、官邸の方には情報が入っていないのに、東電の方から1号機の爆発後の写真を広報するということがありまして、官房長官は相当お怒りだったみたいですけれども、その辺の関係で、枝野官房長官から、東電の情報共有の体制に問題がありますよという話があったりとか、あるいは総理がおられる前で東電から、当時、関係者か何人か来ているのですが、枝野長官が叱責されたりだとかという場面があったようですが、御記憶はございますでしょうか。

【菅前総理】
一般論で言えば、何回も言うように東電からのいろんな情報提供というか、とにかく爆発が起きても非常に長い時間報告がないとか、いろいろな問題はありましたから、枝野長官もいろいろな問題があると認識していたというのは、それは全く不自然ではないですね。それを私と枝野長官がどういうふうに話をしたかというところまでは覚えていません。ただ、そういう認識をもし長官が持っていたとすれば、それは私にとっては不思議なことでは全くありません。

【質問者】
翌日は、お昼ぐらいに清水社長が官邸に来られているそうですが、そのときに何かそこについてのお詫びがあったとか、なかったとかという話があるのですが。つまり、清水社長とお話をされた状況については何か御記情はございますか。

【菅前総理】
何のために社長は来たのかなと思って、もう一回フォローしてみたんですけれども、計画停電のことで官房長官のところに来て、ついでにと言ったらあれなんだけれども、私のところに寄ったというか、主に計画停電も官房長官、副長官のところでやっていました。私のところにも来たので、一応の報告ということで来られたというのが、訪問の理由です。

ただ、その席で私の方から、多少もうちょっとしっかり情報共有をしてくれということは言ったと思います。そういう意識は、先ほど言ったようにありました。

首相は、原子力委員長だった近藤駿介氏に「最悪のシナリオ」を想定したメモの作成を依頼する。

【質問者】
わかりました。
もう一つ、広報の関係では非常に関心を持たれているところですけれども、近藤委員長に最悪のシナリオといいますか、最悪の事態に至った場合のシナリオについてつくってもらっていまして、それは公表されていないわけですが、まずそのシナリオの作成を依頼した経緯につきましてはどんな経緯だったのでしょうか。

【菅前総理】
近藤委員長に、たしか細野補佐官経由だったか、応答をお願いして、こういうある仮説ができたということは、そのとおりなんですけれども、私の中では何人かの人に同じような趣旨、必ずしも紙にはなっていませんが、同じような趣旨で、どういうふうに考えるんだということは、大分というか、多少聞いています。その中できちんとした形として提示していただいたのが、近藤委員長からです。

ただ、いつも聞かれるんですけれども、あくまでも最悪のケースが重なった場合の一番の最悪のケースということでお願いしていましたので、3月17日辺りから少しその最悪のケースが何とか防げそうな状況もしていましたので、水が入りだしたりしていましたので、あくまで最悪の最悪のケースを私が知っておきたいと。私が頭の中に入れておきたいということでお願いして、そういうものとして、私の中の1つの材料にはしていました。

【質問者】
やはり依頼される段階で4号機の使用済み燃料プールが干上がって、崩壊したという具体的な問題意識はあられたのでしょうか。

【菅前総理】
その問題意識もありましたし、とにかく複数の原発で、しかも複数の燃料プールですから、別にそれに限って何かお願いしたということではなくて、あくまでも最悪のシナリオ、最悪の状況が重なったときということです。

【質問者】
わかりました。

これが委員長から提出されまして、対外的には非公表の扱いにはなっているんですけれども、その当時、公表するかしないかということについて、これについては何か了承されたんでしょうか。

【菅前総理】
これは多分原子力委員長の判断で、マスコミの何かに対して資料提供されたと聞いていますけれども、私の方では、私からは一切発表していません。

【質問者】
細野補佐官から、公表しませんよということで報告があって、了承されたということもありませんか。

【菅前総理】
私の中では、もともと私自身に対する材料という位置づけでしたから、もともとそういうふうにだれかに。

【質問者】
公表、提供することはないと。

【菅前総理】
しようということは言ってはいません。

ただ、原子力委員長というのは、半ば公的立場ですから、どうしても公的立場だということで、多分資料提供されたのではないでしょうか。そういうふうに私は認識しています。

【質問者】
今の話は、実は私の方から見ていると物すごく大事なことのように思っていまして、こういうものの全体を統括する人がどこまで本当の最悪の事態を頭の中に入れているかいないかで、すべての判断が変わっていくのではないかという気がするんです。

お開きしたいのは、こういう形をお聞きになったときに、最悪のケースがどういうことになって、それがどういうふうに進んでいくかということを頭の中に入れることができるわけですね。できたときに、それが参考になって、次の判断に役に立つぞということをお感じになったかどうかを是非お聞きしたいです。

ただこんなすごいことが起こるかもしれないというだけを見るのではなくて、それで次の判断に参考になるかどうか。次にこういうものに遭遇したときの一番トップに立つ人の一番大事な部分ではないかと思っています。どうなんでしょうか。

【菅前総理】
私自身にとっては、先ほどの3月15日の撤退話のときにも言いましたけれども、あるいは東電に話した中でも、多少似たようなことは言っているんですが、私自身の言葉で。つまりは、一部撤退したからといって、全部がだめになると、そうするとチェルノブイリの何倍というものがまた何十基と、つまり数十倍、へたしたら100倍以上のものが出ていくんだという認識は、その時点から全部やられたときは、第2サイトまで行ったら、もう4基ありますから、そういう認識がありましたから、そうなったときは、結果として近藤先生が言われたようなことも十分起こり得ると。

前後ある原子力の専門家ではない参与が、私が言ったと言われて、大分マスコミにたたかれた。党部長が、そのような人が、私が言ったのではなくて、その中で言った話なのですが、いろいろなことがありましたけれども、いずれにしても、私の中でも、近藤さんが言われたようなことが、あるいは起きる可能性が本当にあるかどうかと。それは荒唐無稽なのか、それとも本当に起きる可能性があるか。私の中ではそういう危険性を感じていました。

その上で、ただ、それをそうなのかどうかを専門家の目からも確認してもらいたいと思って、いろいろ聞いていたわけです。もしその方向に進む傾向が強くなれば、いろいろな手立てをある段階から打たなければいけなくなるとは思っていました。ただ、幸いにして、17日には水が入り、上から落とし、18、19、20日辺りで下からも入り。だんだんと水が入って、温度制御が大分できるようになって、4号プールも水があることが確認されて、キリンとかでも確認されましたから、幸いにして、そういう最悪のケースの方向に向かわないでいったので、具体的な検討までは指示はしませんでした。

しかし、そちらに向かっていたら、当然いろんなことを検討しなければいけないとは思っていました。

【質問者】
一番大事な部分だと思っています。

【菅前総理】
本当に、ちょっと言葉では表しにくいですけれども、今の法制でも無理ですよね。よく3,000万という数字が出ますが、それはその後になって、日本沈没を改めて読みましたが、全部が沈没するほどではないにしても、それは下手したら、人が動くだけでも大変なことですし、勿論あらゆる中枢機能は東京ですから、単に動くというレベルではなくて、ここで言う言葉かどうかはあれですが、今の法制でそれはコントロールできるようだったら、多分今の法制ではコントロールすることすらできないですね。

【質問者】
しかも、人がどんなに努力しでも何しても、風が1つ違っていたら、何もそういうことができなくなるような、自分たちの努力だけでは全然到達できないようなものに一番全体が翻弄されていかざるを得ないような苦しさというのをとてもこの辺で感じるので、リーダーの一番大変な部分がここなのではないかと思います。

【菅前総理】
ですから、この報告とは前後はしますが、先ほどの15日の私の気持ちの中には、そういう状況を頭の中で想定したときに、やはりこれは当然ですけれども、そういう状況をまさに本当の意味で命をかけてでも止めるという努力を最大限やらなければ、国民にとっても、国にとっても絶対やらざるを得ない問題だという意識は、その段階でもありましたし、近藤先生のシミュレーションを見ても、それは逆に裏付けられたと思っています。

【質問者】
どうもありがとうございました。

日米関係に関するやり取り。

【質問者】
最後の質問ということで、5の日米関係のところに進ませていただきます。質問項目については6つに分けておりますけれども、要するに、我々の方が把握しているところでは、アメリカがその情報がないということで、相当しゃかりきになっていまして、特に3月13日以降、官房長官のところにもルース大使が電話をかけてきたり、官邸に常駐させてくれみたいな話があったり、いろんなアクションがあったと。

ジョン・ルース在日本米国大使

そういう中でいろいろな対応が進んでいって、一時的にはアメリカとのコミュニケーションといいますか、若干軋轢があったようなことも聞いております。そういった流れの中で、状況はどうであったのかということについてお伺いしたいのですが、特にその中で節目といいますか、3月17日にオバマ大統領と電話会談されておりまして、このときにどんな話をされたのか。

その前後はよくわかりませんけれども、半径50マイルの避難についてアメリカが指示をしており、勧告をしておりまして、それとの関係があるのかないのか。その話があったのか、なかったのかということをお聞きしたいと思っています。

3月17日、在日本米国大使館は半径50マイル(80キロ)圏内の在日米国人に対して、避難を勧告している。

それから、19日の夕方にルース大使が官邸に表敬に来られていまして、そのときにどんな話をされたのかということについてお伺いできれば、その辺りを中心に、ざっと流れをお何いできればと思います。

【菅前総理】
まず、オバマ大統領とは、一番最初は12日の未明と17日ですね。いずれもお見舞いと支援を伺でも言ってくれという話で、大変ありがたい話だったし、いろいろよろしくということを言いました。(黒塗り1行半程度)それから、ルース大使との間で官房長官なりいろいろな議論があったというのは、必ずしも私もその当時、細かいところまでは話をしていません。ある意味、官房長官の判断でいろいろな対応をしてくれたんだと思っています。

(黒塗り5行程度)

全体の雰囲気で言うと、首脳会談そのものは非常に友好的だったし、ルースさんも決して悪くありませんでしたが、多分米国は独自でいろんな情報を持っていたのではないでしょうか。直後から無人飛行機を飛ばしているし、航空母艦がいち早く沖合に止まって、線量も計っていますし、早い段階では、かなり米軍からの情報をもらって、線量とか、だんだん自衛隊が本部とかも最初のうちは米軍からのそういうデータをもらいました。だんだん自衛隊が独自でやるようになりました。

在日米軍は事故後まもなく、無人偵察機で、第一原発の状況を偵察している。

後のととになりますが、基本的には15日に統合本部ができて、その後、統合本部のところに米国のいろんな専門家が入るようになって、その辺りはだんだんと誤解が解け、かつ具体的にもいろいろな情報交換なりができ始めたと。

米軍と自衛隊との関係はもともと平常時から非常に密でしたから、そこはそこで密に割と早い段階から進んでいたと認識しています。

【質問者】
防衛省の方は、防衛省ミリ・ミリだけの話を越えて、防災の担当者のところもよく来て説明をさせたりということで、割と幅広めの会議をやっていたという話も開いておりまして、その後、それが日米協議の方に変わるわけですけれども、防衛省でそのような会議内で対応されていたということについては御存じだったのでしょうか。

ミリ・ミリ:ミリタリー対ミリタリーと考えられる。ここでは、米軍と自衛隊。

【菅前総理】
防衛省は北澤大臣の下で非常に早い段階から米国ともやっていただいて、割と積極的な大臣でしたから、私は大変助かったんです。こういう会議をやっているという話は聞いていました。

【質問者】
とりあえず、私からは事務局的な質問片以上でございます。あとは委員長とか委員からの御質問があると思いますので、よろしくお願いします。

以下は、菅氏の事故に関する総括的な所見。

【質問者】
それでは、私の方から是非お聞きしたいことがあります。

今日こうやってずっと話を聞かせていただいて、非常に参考になるというか、勉強になっています。今まで聞いて自分の頭の中でつくっていた像と直接お目にかかって聞くこととは随分違っているんだなという印象も持ちます。今日お聞きしたいと思うととを、実は何か月もずっと考えて、幾つもあるんです。何か別のチャンスがあったらお聞きしたいのですが、1つだけ聞かせてください。これはどうしても最終報告にこれがないとみんなが納得しません。

それは、事故に対処した首相として、これはお一人しかいないわけです。首相として、国民と世界の人々、もう一つ、100年後にもきちんと評価されるものにしておきたいということを始めから言っていますので、後世の人たちに伝えたいことは何ですか。

これは多分、菅さんしか言えないことなので、是非お聞かせ願いたいと思います。これだけのことを通ってきて見ると、何をどう考えて、何をしなければいけないのか。そして、どんな判断が必要か、どんな準備が必要か。いろんなことがあると思うんですが、是非お聞かせ願いたいです。

【菅前総理】
首相というよりも、私個人の、勿論首相のときに体験した役目柄とか何とかということを一応全部含めてというか、それから独立して言えば、やはり原発というのはちょっとやめておいた方がいいなと。これは日本にとってだけではなくて、世界にとってもというのが私の国民や世界や後世の皆さんにも言いたいことです。

つまりは、私も3.11までは原子力あるいは原発にいろんな問題点があるにしても、それは十分クリアーできるというか、何とかなるということを思って、それを活用すると。場合によっては、日本の技術は高いんだから、外国の原発建設にも積極的に売り込むと。実際に、その売り込みにも当たっていたわけですが、やはりなんといっても第1は、先ほど来のリスクの大きさです。これは国によって違うか違わないかは別として、我が国の場合に、国土の広さだけではありませんが、首都圏を含む3分の1に近いところは、ある期間住めなくなるというリスクを考えたときに、どんな安全対策をやっても、そのリスクを完全にカバーできる安全対策というのはあり得ないというのが私なりの結論です。

ですから、そのリスクを考えたときには、やはり原子力発電所、原発に依存することをやめるという選択をとるべきだと。また、それは可能だと思っています。

それから、世界に対しても、この原発事故があったにもかかわらず、中国もインドも今、発展している国は、非常に多数の原発計画を持っています。このままいくと、あと20年ぐらいの間に100基、200基という原発が増えていきます。そのときに、今回の事故は直接は地震、津波でしたけれども、全電源喪失という現象は、地震、津波だけではなくて、それこそテロとか、よく言うんですが、カダフィ大佐がもしリビアに原発があったら、最後はあそこに立てこもったのではないかと、私なら立てこもっていますけれども、そういうことを考えると、内戦とか戦争ということまで考えると、全電源喪失ということは、人為的な要素も含めて、100%防ぐということはできないことですし、もう一つ大きな問題は、やはり核廃棄物の問題です。

今回の4号の問題は象徴的で、つまりは、4号のプールには使用済み燃料と問時に、使用中の定期点検中のホットな燃料も一緒に入っているわけです。ですから、よけい危険性が高いんですけれども、ホットな燃料でなくても、使用済み燃料でも水が抜ければメルトダウンしている可能性は十分ありますし、結局持っていく先がないと。

これは世界的な問題でもありますし、まさに後世、よく言われる「10万年後の安全」なんていう映画を私も観ましたけれども、フィンランドの映画でしたけれども、そういうことを考えるときに、やはり原発というものは依存をしないことが最も日本にとっても、世界にとっても、後世にとっても望ましい、あるいはそうすべきではないかと。

フィンランドの高レベル放射性廃棄物を追ったドキュメンタリー映画『100,000年後の安全』(2009年)

この間、実はそういう発信を、この間のダボス会議でも話をしました。ちょっと余談になりますけれども、ビル・ゲイツ氏が小さい小型の原子炉の開発に今、投資というか、手が回ったとかという話が出ていますが、彼にも話す機会があったので、そちらはやめて再生可能をやった方がいいのではないですかと言っておきましたが、すぐにイエスとは言いませんでしたが、あえて委員長から聞かれたので言いますと、そういう意味で私は、原子力の持っている科学技術的なすごさは非常にすごい技術だし、すごい原理だと思いますけれども、やはりそれから脱却すべきだということが私の考えです。

【質問者】
今の話の御見解はよくわかりました。ただ、一方では、今おっしゃるように中国、インドは現にこれからたくさんのそういう原発が稼働するわけですね。まさにさっき言われた最悪のケースには、今の法整備はだめなのだとおっしゃいましたけれども、まさにこの危機の中で死にものぐるいで対応された総理として、ほかの国の大統領や何なりに、まさにこれを指揮官としてどうしたらいいんだというようなメッセージはないですか。

【菅前総理】
余り答えにならないかもしれませんが、私もチェルノブイリの当時のソ連の対応について、そう詳しく知っているわけではありません。しかし、少なくともかなり大勢の人が石棺をつくったりする過程の中で、被曝して亡くなったと言われています。多分、彼らもそういう危険性があることを知った上で、自らか、あるいは部下たちかわかりませんが、送り込んだと思うんです。

勿論、完全に安全な状態までではないにしても、そういう大勢の人の言わば犠牲を払って石棺つくって、今またいろいろと割れたりしていますけれども、日本という国はよくも悪くも、この間の戦争で余りにも大勢の人に、国のために死ねということを言って、その反省に立って戦後は踏まえましたから、そういうことは基本的に言わない、言うべきではないという立場で来たと思うんです。

私も基本的には、それに近い考え方をもともと持っている人間ですが、ただ、こういう事故が起きたときに、日本の中で日本人が使っている原発が起きたときに、やはりそれは国民のためにも、場合によっては世界に対する責任からしても、それはやはり、ある意味では命を本当に捨ててもやらなければいけないことがあり得ると、私はそう思います。

多分ほかの国は逆に今の日本よりは、戦争をやっている国が多いですから、多いと思いますが、決してそのことを戦争を肯定するわけではありませんけれども、特にこの原子力事故のようなときに、自分たちが逃げて、後はだれかがと言うか言わないか知らないけれども、何とかしてくれということはできない。

逆説的に言うと、そういう覚悟がない中では、あるいは多少あったとしても、そうならないためには、原子力に依存しない方がいいだろうということにもつながります。

【質問者】
今の言葉は言い換えると、原発をつくるからには、事業者は命を捨ててでもそれを守れということになりますか。一且危機があったら、国のため、原発が最悪の事態にならないように、命を捨てろと。その覚悟がなければ、原発をつくるなというくらいの重みがあるでしょうか。

【菅前総理】
そこまで言われるとあれですけれども、片方から言えば、原発の持っている怖さというか、勿論、ほかのものだってあるのですが、さっきも言ったように、特にこの原発の持っているリスクの大きさとか、世代を超えた問題の深さとか、そういうことを考えるときには、私は逆説的ですけれども、責任を取り切れないだろうと思います。

つまり、高レベル放射性廃棄物は、もう一回核反応を起こさない隈り、できたプルトニウムは無害なものにはならないし、無害なものにする技術はないわけですね。セシウムだって30年経たなければ半分にならないわけで、幾ら除染をしたからと言ったって、単に落とすだけですから、本質的に化合ではなくて、原子核をいじるわけですから、その持っている根源的なリスクを、私は、人聞はコントロールし切れないだろうと最近は思っています。究極的にはですね。

それはさっき言った廃棄物の問題でもあり、リスクの大きさでもあります。ですから、端的にそれを言っていただくのはいいんですけれども、そこだけ今の柳田先生が言われたように表現されると、ちょっと誤解を生むかもしれませんが、そのくらいに原子力はなかなか大変な、ある意味では物すごくすばらしい高密度のエネルギー源ですから、高密度であるからこそ、逆に危険性も高い。だから、再生可能エネルギーは密度が低い分だけ、同時に危険性も低いということだと思っています。

【質問者】
一番最初に総理は3点おっしゃられて、規制当局の在り方と原子力の将来をおっしゃったと同時に、韓国も含めて中国、インド、ベトナムとかいろいろな国がこれから原発を増やしていくという状況では、完全にやめるのは無理だろうから、そういう意味では原子力の国際的な安全ルールを厳しくするということかと思ったのですが、この辺についての具体的なお考えといいますか。

本来はない方がいいということですけれども、現在、世界では現実はどんどん増えるんですね。その場合に日本がこれだけの事故を起こした以上は発信していく責任はあるだろうし、国際的な安全ルールを今までより厳しくしようという動きはあるんですけれども、他方、新しくつくろうとしている国はかなり後ろ向きですよね。コストが上がっていく等、この辺について御意見があれば。

【菅前総理】
実はある段階でIAEAの天野さんとも話をしたんですけれども、今、IAEAは原発について、彼の表現を使えば、中立的立場なんです。つまり、促進もしないけれども、ブレーキもかけない。ただ、例えば廃棄物の問題なんかは、今のIAEAは一応各国の責任という立場ですけれども、中には各国の責任ではまずいというか、それだけで済まないではないか。

天野之弥・国際原子力機関事務局長

それは逆に言うと、国際的に協力してということにもつながると同時に、単独の国が決めて穴を掘って埋めたとしても、10万年後はどういう国になっているかお互いにわからないわけですから、そういうこともあります。

私が言っているのは、日本が今、現にベトナムとかトルコに原発を輸出するとかしないとかあって、そのときに日本が輸出しなくても、(黒塗り)日本がまだ輸出して、日本の安全基準でやった方がいいという議論があるわけです。私のそう遠くないところにも、そういう議論が若干あります。

そういうことを考えるときに、少なくともそれは全部を一遍に止めることが国際的に行使されることがないにしても、こういうときはやめておきましようと。こういうときは認めましょうという何らかのガイドラインが最低限必要ではないか。私はよく例に挙げるのは、核拡散防止条約です。つまり、核兵器に関しては一応、100%は守られていないにしても、核兵器を拡散するのはやめましようと。

最終的には核兵器をなくしましょうという方向での核拡散紡止条約があって、それに反する行為は国際的に検証して制裁を加えると。今、北朝鮮とかイランとかが問題になっていますけれども、ややそういう国際ルールがあるわけです。

一方、同じ核でも原子力発電所に対しては、そういうルールがない。私は勿論、兵器と兵器でないものの差というのはありますけれども、事の本質はやはり共通性があって、原発についても、たとえ平和利用という言葉があっても、安全性とか究極の廃棄物の問題を考えたときには、国際的なルールをつくるべきだと。

その国際的なルールの中で、将来は世界の人がやめておこうということになるのが、私は理想だと思っています。少なくともそういう国際ルールをつくるべきだという話は、前に実は耳に届いているかどうかは別として、あちこちで言ったり、『フォーリン・アフェアーズ』にも投稿したのを載せてくれましたけれども、そういうことをやらなければいけないと思います。

【質問者】
全然別のことで一つよろしゅうございますか。今を振り返っていただいて、事前にやるべきことがあったと思いますけれども、3.11の事故の後の対応とか何かで、菅政権なり、東電にもっと違うようなことができたかもしないということはありますでしょうか。

【菅前総理】
直接のことですか。

【質問者】
はい。要するに総理として、3.11に遭遇して、前線で大分されたわけですけれども、今、振り返ってみて。

【菅前総理】
どうしても、なかば後知恵になるんですけれども、やはり純粋な技術的に言うと、水を入れるのは遅かったという感じがします。もっともっと早い段階から、何が何でも水を入れるという努力をした方がよかったのだろうと。

組織的に問題とか、いろいろな問題は本当に皆さんに判断をしてもらうしかないですが、もっとこうすればよかった、ああすればよかったというのは、私なりにはその時点その時点で、結果が100%よかったと言うつもりはありませんけれども、言わば私の中の選択としては、選択ということも含めて、それしかなかったという感じです。

委員長が究極的な御質問だったので、その前のプロセスを言っていませんでしたけれども、もう一つ、そうは言っても今、日本がつくろうとしている原子力規制庁の在り方を含めた原子力行政について、これを個人的な究極の理想にストレートにつなげてということではなくて、少なくとも最低限やらなければいけないことについての考え方がもうちょっとしっかり議論が必要だと思っています。

今、原子力規制庁について2~3度聞いているのですが、一方ではオンサイトとオフサイト、一方では平時と緊急時がクロスしたりするんですけれども、特に今回のようなシビアアクシデントを考えなければいけないのは当然ですけれども、だからと言って初めから消火栓を持って10年間立っていろというわけにはいかないですから、そうなったときに即時に対応できるけれども、そうでないときには最低限、何を維持しておくか。

平時に対してはどういう対応をきちんとしておくかという、その組立てが必ずしも十分に議論を組み立ててないように思えるんです。一つのポイントは、さっきも言ったかもしれませんが、人材だと思います。

アメリカのNRCの場合は、私もまだ部分的な勉強ですが、やはり相当レベルの能力集団を直接ないしは使える形で周辺に持っているという感じがあります。あそこは海軍が原子力船を持っているということもあるかもしれません。それから、一種のオフィサーと民間人みたいな、問題組織と言っていいのか消防署でもそうですが、つまりはそういう事故対応に当たる人と政策に当たる人は若干性格が違うわけです。

そういうことを含めて、原子力規制庁を考えるときに、現政権と違うことを言ってはいけないのですが、今は議論がやや空回りをしているというか、3条であるとかないというのは独立性の問題であって、能力の問題では必ずしもないんです。

ですから、経産省から、独立させるということは当然ですが、独立した中で平時の行政と緊急時の対応で、それに対してどういう人材を用意するか。その人材もかなり大きな、例えば原子力研究機構とか、いろいろな組織があるわけですが、一般的な研究とそういう安全性に関する部分と、今、文科省の方に旧科学技術庁として、かなりの関係の機関があるわけですけれども、どこまでを規制庁にきちんと連携させるのか。

そういうことを含めて、まだ私も全部の絵は描き切れていませんけれども、日本は一般的に危機管理的な組織づくりが下手ですから、象徴的に言うと、保安院のトップだって、一般的にキャリアシステムの中で回っているわけですから、そういうことを含めて、そういう今ャリアシステムで普通に回るところと、そうでない専門家を常に最低限用意して、それをバックアップできる体制をどうつなげていくか。原子力規制庁に関しては、その辺りの絵がまずは必要なのではないかと思います。

【質問者】
この間の国際会議でもそれに近いようなことを言われまして、日本はそこを考えなければだめだと。

【菅前総理】
そこが意外と議論がしにくいというような、制度論は一応法律にかけますけれども、人の問題というのはもうちょっと書けと言っているんですけれども、名前だけなんですね。聞いたんですよ。例えば今度の原子力規制庁の長官というのは、そういう意味でのプロなのかどうか。必ずしもプロであっていいかどうかは別なんですよ。危機管理監になるというと、緊急事態監というのかな。

そういうことのときに、あるときに聞いたら、余りこの話ばかりしてもあれですけれども、アメリカの例で言うと、プロフェッショナルなエンジニアというか、そういう分野の、言ってみれば、プロフェッショナルエンジエアという資格か何か、そういう考え方があるんです。

日本は技官と言われでも、土建のお手伝いをしているような話しか出てこないと。そうではなくて、日本で言う技官の中のきちんとした専門職をやる、そういうプロフェッショナルなエンジニアというようなシステムがきちんとあって、そこに有能な人をきちんとした待遇で処遇をして、やりがいのあるものをつくる。

そういう部分が非常に必要ではないかと。さっき言った原子炉主任技術者というのも、少なくとも今ある組織で言えば、今度の規制庁にはそういう人が各世代で何人かずつは、民間と交流して育っていくようなシステムとか、そういう部分がほとんどなかったと思います。この辺りはまだ私も未消化なんですが、非常に問題意識として持っています。

【質問者】
別な質問で、関係はあるんですけれども、この間、事故調で国際会議をやりましたときに、アメリカの代表もフランスの代表も、この原子力の場合は安全を経済的なバランスで買ってはいけない、安全は独立して確保されるものであって、経済性から評価して、バランスにかけて、この辺でいいだろうという論議はだめだというのをはっきりおっしゃったんです。

でも、日本の今までの行政でも事業者でも、ものをつくるときには必ず経済が嫌でも付いて回るし、そこにもう一つ付いて回るのは、危険性、リスクの確率ですね。そのリスクの確率と経済性のいつも2つがその中で決定的に重要になってくるのですが、原子力の場合は薬とか鉄道とか、そういうリスクと違って、ー且破綻すると日本がなくなってしまうかもしれない。

ちょっと大げさですけれども、あるいは世界的に大変なことになるかもしれない。こういうリスクの場合と、鉄道がひっくり返って500人死ぬというのは、これはこれで大変ですけれども、国が倒れることはない。

そういうことを考えると、リスクの考え方は原発なり原子力事業に関しては異質なのではないか。確率が1億分の1であっても一旦破綻したときにそれが大変だったら、そういう確率に関係なく、完全な安全対策という考え方をおっしゃっているんですね。そういうリスクの考え方は、果たして日本の行政や事業者の中で根づくか。あるいは受け入れられるかどうかという問題が1つ。

もう1つは、菅さんが最初におっしゃった橋本行革の中で、推進者と規制者が同じ箱の中に入れられたということなわけですが、ただ、同じ箱ではなくても、原子力保安院の本質は今とは余り変わらないような形ではなかったのか。なぜならば、一方において、政治は絶対的に推進するという業界の要請を受けてやってきたわけで、その政治の枠組みの中で行政が取り組むのは、当然それが絶えず足かせになるわけで、そうすると旧科学技術庁のようなところがあっても、余り本質的に安全についての取り組み方は変わらなかったのではないかと思います。

しかも、政権が変わっても、最初に設計した段階でリスクはある程度意識したに違いないけれども、それは表面化された形で引き継がれない。その他のリスクみたいなことで設計時にあっても、それは時間の流れと担当者の変化の中で、いつの聞にか忘れられていくという特異構造があるわけです。この大きな2点についていかがでしょうか。1つはリスクの問題と組織の在り方、日本の行政あるいは政治の中でのリスクの引き継ぎという点。

【菅前総理】
多分確率という考え方が通用しない社会というか、分野だと思います。では、何なのかというと、こちらに引き戻し過ぎであれかもしれませんが、やはり最後は国民が判断をするしかない。当事者という意味合いで事業者ではなくて、国民が判断するしかないだろうと思います。

小さい国ですけれども象徴的なのは、デンマークという国は石油ショックで原発を一旦つくることを政府として方針を出すのですが、反対論が多くて徹底的に議論をして、つくらないという方針を決めて、それ以来ずっと風力とか何とかやって、かなり進めています。

ドイツも聞きましたけれども、ドイツの話は日本に似て非常に面白いのですが、もともとは社民党政権のときに緑の党が入って、脱原発に大分いくのですが、メルケルになって実はちょっと戻しているんです。戻しているんですけれども、あの福島原発が起きたほんの1週間くらい後に、5基くらい古いものを止めているんです。その後、2022年までに残った17基もやめるという方針を出すんです。

何でそんなに急にやったのか。官房長官のような人に会って話を聞いたら、どこかの州で直後に選挙があって、緑の党がこんなに伸びて、これはやばいと思って振ったんだみたいなことを言うわけです。

そのことがいいことか悪いことかの評価は別として、政治と言うと今は信用がないのであれですが、最後は国民が思う、思わないも含めて決めるとなのですね。大丈夫と思って、そのリスクを取るというのか。これは危ないと思って、リスクをなくそうと思うのか。

勿論、専門家の中でいろいろな議論が当然必要になるのですが、一般論にもなりますが、少なくとも国内で言えば、最後は当事者である国民、有権者がリスクを含めて、どう判断するかというふうに、余り結論にならない政治家的結論で恐縮です。

あとは同じ箱でなくても余り変わらなかったとか、リスクが薄れるというのは、よく言われる原子力村という、ある種の日本的体質が背景にかなりあるのかなという気はします。これは自分自身の反省も含めて、東電は巧妙だったとも言われるのですが、じわっと来るわけです。復興会議で最初にお願いした梅原先生なども、諌早湾干拓は狂言までつくって反対したのに、原発をもっと反対しておけばよかったと最初の会合で言われたんです。

東日本大震災復興構想会議特別顧問を務めた哲学者の梅原猛氏

つまり、スポーツから文化から何から、いろいろなところにスポンサーをしているわけです、電力業界は。直接強圧的に反対意見を押さえるのではなくて、ずっとソフトに心地よく面倒を見てくれるものですから、政治家もそうですけれども、そうすると、人間は弱いから、だんだんと余りそう気にして反対しないでも何とかしっかりやってくれているのだろうと思いたくなるんです。

そういうところで気が付いてみたら、最近はいろいろな表現がありますけれども、どこかで逆転して、しっかり安全性をやっているから安全なのではなくて、危ないと言ったらみんなが心配するから安全だということにしておこうと。

ある視察にある女性の都議会議員が行って、ところでこれは何か事故が起きたときに、どういうふうに逃げることになっているんですかと質問をしようと思ったら、そういう質問だけは是非しないでくださいと言って、結果的に押さえ込まれたという話を甚接聞きました。

アメリカが全部いいとか、どこが全部いいとか全く言う気はないですけれども、何か日本はおもんぱかるところが、それをうまく使って、そういう雰囲気をこの20年くらいでつくってきたのが、まさに原子力村に限らないんですけれども、全国民的な雰囲気だったのかなと。

自分自身の反省を含めて、それを感じます。ですから、リスクが忘れられてというか、それにつながるかどうかわかりませんけれども、もっとはっきりと議論をして、最後はリスクを取るのか、取らないのかを決めてくれと。だれかに決めさせるのではなくて、あなたが決めてくれということに持ち込むしかないのだろうと思っています。

【質問者】
では、よろしいですか。長時間、どうもありがとうごぎいました。

最後に1点だけですけれども、ヒアリングの記録については冒頭にも説明をしましたけれども、今日ゃったということは記者会見で明らかにしたいと思っておりまして、次回の委員会は4月23日に委員長に記者会見で、菅総理からのヒアリングをしましたということだけは記者会見で明らかにしたいと思っておりますので、御了解をいただければと思っております。

【菅前総理】
多分私の方も積極的には言う気はありませんが、いろいろな経緯の中では、あった、なかったくらいは言わざるを得なくなることもありますので、23日に言っていただくのは結構です。

【質問者】
ありがとうございます。では、本日はどうもありがとうございました。

(了)


「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」(政府事故調)は、772人の関係者から聞き取りを実施した。政府は、聴取結果書(聴取録)を順次公開しており、2015年9月24日現在、246人分の聴取録が閲覧できる。

聴取録は、福島原発事故への理解を深めるうえで、なお第一級の資料であることから、当プロジェクトは、聴取録の読み解きを進めている。

読み解きにあたっては、国会事故調、政府事故調、民間事故調の各報告書を基礎資料とし、プロジェクトのテーマである「わかりやすい」を追求する。プロジェクトが聴取内容に挿入する、補足的な記述は太字で記載する。また、必要に応じて、文脈に影響しない範囲で、一部の記述を削除、難解な漢字をひらがなにするなど、最小限の編集を加えている。

Source:内閣官房

(小島寛明)