【政府事故調聴取録を読む1-3】事故対応全般|当時の首相・菅直人氏(3)

Investigation

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福島第一原発を視察するIAEAの調査チーム(2013年4月17日撮影)
Photo by Greg Webb/IAEA

「政府事故調聴取録を読む」の3回目として、菅直人・元首相の3本目を掲載する。

東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会(政府事故調)は、772人の関係者から聞き取りを実施した。政府は、聴取結果書(聴取録)を順次公開しており、2015年3月26日現在、計236人分の聴取録が閲覧できる。

聴取録は、福島第一原発事故への理解を深めるうえで、なお第一級の資料であることから、当プロジェクトは、聴取録の読み解きを進めていきたい。

読み解きにあたっては、国会事故調、政府事故調、民間事故調の各報告書を基礎資料とし、プロジェクトのテーマである「わかりやすい」を追求する。プロジェクトが聴取内容に挿入する、補足的な記述は太字で記載する。また、必要に応じて、文脈に影響しない範囲で、一部の記述を削除、難解な漢字をひらがなにするなど、最小限の編集を加えている。

聴取対象者:菅直人氏(事故当時の首相)
聴取日:2012年4月3日
聴取内容:事故対応全般について

【ポイント】

  • 全交流電源が喪失した第一原発への電源車の輸送の経緯
  • 電源車の確保は、地震にともなう大渋滞などで難航
  • 電源車到着後もプラグが合わず、原子炉の冷却機能回復に至らず

【地震発生後の菅首相の初動対応】
14時46分 地震発生、菅首相は参議院から官邸へ戻る
15時37分 第一原発、全交流電源喪失
16時14分 緊急災害対策本部を設置
16時36分 官邸対策室を設置
16時45分 東電、第一原発の全電源喪失を原災法15条に基づき経産相に通報
17時ごろ 菅首相、東電、保安院から第一原発の状況の説明を受ける
17時42分 海江田万里経産相、原災法15条事象を菅直人首相に報告
時刻不明 菅首相、党首会談に出席
19時03分 原子力緊急事態宣言を発令
22時~23時 最初の電源車が第一原発に到着


 

ここでは、18時すぎに、菅首相が5分程度出席した党首会談の内容について、質疑応答が重ねられている。

【質問者】
与野党会議は、そもそもどういう目的の会議だったのでしょうか。

【菅前総理】
こういう大きな問題が起きたときに、与野党で緊急の話をするというのはよくあるというか、やらなければいけないことなんです。特に今回の場合、政治的な問題ではなくて、事故ですからね。地震、津波があったわけですから、それに対して、まず野党の皆さんにも、その時点で、わかっている実態をお伝えすると同時に、協力を要請する。今の議院内閣制というのは、与野党で議会を構成しているわけですから、そういう趣旨です。

【質問者】
総理としてお伝えになった中身については、どんなお話をされたんでしょうか。

【菅前総理】
先ほど言いましたように、私自身、事細かに中身は覚えておりませんけれども、今、申し上げた趣旨のことを言ったはずです。つまりは、大地震が起きて、大津波が起きていると。そういう中で、これは大変な事態なので、党派を越えて、与野党で協力して事態に当たっていきたいので、是非御協力お願いしたいと。まず、間違いなくそういうことを言っていると思います。

【質問者】原発炉自体が、言わば緊急事態宣言を発するような厳しい状況にあるというところまでのお話はされたんですか。

【菅前総理】
どこまで原発のことについて発言をしたかというのは、記憶にありません。私自身がその時点で、それほどに詳しい状況はまだ説明を十分に受けていませんし、わずか5分間という中で、逆に言うと、先ほどの御質問にあったように、言わば党首会談が予定されていたものですから、短時間行って戻ってくるという前提で出ましたから、そういう全体の話は、協力要請はしたと思いますが、状況については、細かい説明を私自身が知っていることも少なかったし、また、時間的にもそこまではできていないということです。

19時03分、首相は原子力緊急事態を発令した。ここでは、発令時点での原発の状況に関する首相の認識を述べている。

【質問者】
緊急事態宣言を発令されまして、19時3分から第1回の原子力災害対策本部の会合があるわけですけれども、この時点での総理の御認識ですが、電源が落ちたということで、非常用電源、ディーゼル発電機についても止まっているという御認識だったわけですね。

【菅前総理】
つまり、全交流電源、全電源が喪失ということは、当然そういうことだと思います。つまりは、一般の電源が喪失したときに、備えてディーゼルのでかい発電機が置いてあるわけですから、たしか後の経緯で言うと、それが一旦動いたと開いております。

それが津波によって海水をかぶって止まったと。そこで全電源喪失が起きたと。それで10条の通報を出したという認識です。10条は15時42分に来ていますから、私にもそういう事態が起きたことは伝わっていますから、当然もともとの電源に加えて、非常用電源が稼働しなくなったという意味内容は理解していました。

10条は、原子力災害対策特別措置法の10条を指す。

【質問者】
注水の状況ですけれども、非常用給水システムで水は入っているという御認識だったということでしょうか。あるいはそれがどのぐらい続くかとか、そういうところについては、御認識はございませんでしょうか。

【菅前総理】
私も原子力は理系の一般的な原子力の講義を受けたことはありますが、原子炉の講義とかは受けたことがありません。ですから、後になってICとかアイソレータとかサプレツションチャンバとかいろいろな話は出てきますけれども、私が知っているのは一般的な電源があって、いざというときには緊急用の電源があって、それで何とかなるんだというところまでは知っていますが、それに加えてどういう大きい電源でないもので動くものがあるんですというのは、少なくとも誰かが説明してくれれば別ですが、説明がされないのにそこまでわかっているかというと、そんなことは私は知りません。

聴取録にはサプレッションチャンバとあるが、サプレッションチェンバー(圧力抑制室)を指すと考えられる。非常時に、原子炉内の蒸気圧を下げる目的の設備だ。ICは、非常用復水器で、非常時に原子炉を冷却する装置。首相はここから、津波で電源を失った第一原発に電源車を輸送する経過について詳述している。

ですから、非常用電源が切れたときに、ではどうすればいいんだということになったんです。それで、その後に続くわけです。つまり、東電から電源車を一刻も早く送ってくれというか、自分たちも準備するからと言われたので、それが最も重要だという話だったから、全面的に協力しますよということで、後の話を申し上げたので言いますと、あとは何か詳しいことがわかりましたけれども、それが届けば、少なくともいわゆる一般で言うディーゼルの大きい非常用電源ではないが、炉のまさに緊急用の冷却機能を動かすことができるから、とにかくそれを一刻も早く届けてくれというのが、その後続いた東電からの最重要課題だったんです。

少なくとも、その時点の説明では、それさえ届けば当分は、それは何時間だったんですが、大丈夫だという話だったので、それで私はそれに最優先という課題だということで指示を出したんです。当然、陸上で運ぼうとすれば渋滞ですから、警察の協力が要るし、早く運ぶには、場合によってはヘリコプターで運ばなければならない。それも知らせました。自衛隊と米軍にも頼みました。よく私はその寸法云々ということを他のあれで言われますが、つまりは、寸法が云々というよりも、一刻も早く運ぶことがその時点では最大の緊急課題だと東電も言っていたし、私もその説明を受けて、そう感じていました。それで、いろんなやりとりの中でちょうど私が電話をもらったときに言われたので、では早速それで持っていけるのかと聞いたら、ヘリコプターには乗れませんと言われました。

ちょっと話が先に行きましたけれども、そういう意味で、先ほどの話に戻れば、大きいディーゼル発電機が止まったというところまでは、そういうものが存在するということはー般的に知っていましたが、それから後のことは、東電とかいろんな説明の中で理解して、必要な指示を出したということです。

津波の被害で福島第一原発の全電源が失われたことで、3月11日の夕方ごろから、電源車の確保が初動対応の焦点となったが、電源車の第一原発への到着は難航した。

【質問者】
そうしますと、11日の夜の段階では、その電源車の確保というのが最重要課題で、それに向けて一生懸命段取りをしていたということなんですね。

【菅前総理】
そういうふうに、東電がそうしてくれと。東電は、むろん電源のことは一番わかっていると思いますから、彼ら自身も、例えば新潟にあるとか、あるいは東北電力にあるとか、いろいろなところにあるのを彼ら自身もむろん、自分の東電管内にあるもの、あるいは近い東北電力にあるもの、あるいは場合によっては、自衛隊とか米軍等にあるもの。

我々がやったのは、東電が直接やりにくいようなところについては、こちらでいろいろ聞きました。運ぶ手段も聞きました。それはこちらで重要性を判断したのではなくて、今、言いましたように、全電源が喪失した中では、電源車がとにかく一刻も早く来てくれて、それをつなぐことができれば、一定の冷却機能が維持できるからということに対して全面的に協力したということです。

【質問者】
そのころの事態についての認識ですけれども、もし電源車とか電源の確保ができなかった場合に、どのぐらい持ち時間があって、何時間ぐらいまでに調達できないと炉心溶融とかそういったことになるんではないかみたいな、そういう御認識は何かございましたでしょうか。

【菅前総理】
ですから、先ほど言いましたように、私が事前に認識があったかということは、事前にそういうICとか2号、3号の何とかとかというものがあったということは、私は知りません。

ただ、東電からそれが来れば、一刻も早く、言われたのが夕方ごろでしたから、本当なら9時、10時ぐらいに持っていきたかったわけですが、結果的には10時か11時ごろの最初の1台が届いたのがそのぐらいになったと思いますけれども、ですから、それが届けば、後になってみればICなのかもしれませんが、それが稼働するのではないかとか、あるいはICでなかったかもしれません。

2号、3号も並行していましたから、2号、3号とも型が違いますから。だから、そういう意味で、そのときに何時間どうなるかということは、事前には全く私はわかりません。

首相の発言によれば、最初の電源車が福島第一原発に到着したのは3月11日22時から23時ごろ。しかし、電源車と原発の設備側の電源のプラグが合わず、電源の確保や冷却機能の回復には至らない。

【質問者】

そうしますと、電源車が焦眉の急という認識で東電から説明を受けているわけですけれども、その電源車が結局行ってもつなげないとか、その後、電源回複ができないとかという話に変わってくるわけでしょうか。

【菅前総理】
そうです。ですから、話をもう一回戻すと、一般的な意味で冷却が止まればメルトダウンが起きるということは私は知っていました。ただ、一般的に大きい電源がなくなった。そこでそれに代わる電源ということで、それを持ってきてくれればという言い方は変ですが、それが届けば何とかなるという話だったので、それに対して、その時点ではそこに電力を送付したということです、この問題では。一方で津波とか地震もあるんですけれどもね。

【質問者】
電源車が届いてもなかなかつなげないとか、電源回復ができないという話に変わってくるんだろうと思うんですが、それが時間的に大体いつごろのタイミングなんだろうかということについて確認したかったわけです。

【菅前総理】
ですから、届いたんですよ。届いた時聞についても、後になって、こっちからも届いた、あっちからも届いたと。大体20台か30台あちこちに行っていましたからね。頭の中で記憶している時間というのは、正確には覚えていませんが、ある段階で届いたということを聞いて、私だけではなくて、そこにいた何人かが、これでよかったと喜んだ記憶はあります。

しばらくして、これでうまくいくのかなと思っていたら、プラグが合わなくてつなげませんというので、これも電力会社が電源車を持ってきてくれと言って、持ってくると。プラグがつなげる、つなげないなんていうのは、私も何でそんなことになるんだろうと。結果的には、それが理由、あるいは更には配電盤を後に見ると、配電盤も海水につかっていたということがあって、いずれにしても、結果としては到着した電源車が当初、東電が言っていたように、電源として生きて、そういう冷却機能が動くということにはならなかったということは、その後の報告で知りました。

以下は、電源車に関する要請の経緯についての質疑応答。

【質問者】
済みません、細かなことで恐縮ですが、電源車について、東電からの要請だとおっしゃいましたが、これは総理のところへどういうルートでいわゆる電源車というもの、言わば非常に実務的な話が何で総理のところに直接上がってくるのか。その経緯をお聞きしたいと思います。

【菅前総理】
多分、私が直接開いたのは、武黒フェローだったと思います。というのは、その近くにいませんから。

武黒フェローは、東電の武黒一郎フェローを指す。

【質問者】
ほかの主要な閣僚等がいらしたと思うんですけれども、そういうところからの話ではなくて、直接総理にお願いしますという話が来たんですか。

【菅前総理】
多分、そこには経産大臣も一緒だったと思います。つまりは、当時の物理的なことを言いますと、先ほど言いましたように、一旦14時46分に官邸地下の危機管理センターに入るわけですが、その後、16時58分に記者会見をしていますし、先ほどのように18時12分から党首会談をしています。こういう場合は、後の危機管理センターから出ています。

経産大臣は、海江田万里経産相。

そういう中で、早い段階では、地震、津波の危機管理と同時並行ですので、危機管理センターの中で両方やらなければいけない。その中で話がなかなかしにくいものですから、しかし、当初は全員がそれと両方ですから、それで地下の大きいオペレーションルームといいましょうか、そこから見れば、ちょうど中二階みたいなところに、どこ
か部屋はないかと言ったら、小さい部屋があって、その部屋に原発関係の人間が集まって、かなりの時期まで、そこにいれば両方が見られるということでやっていました。

そのときには、東電、原子力保安院、安全委員会、多分経産大臣、官房長官も出たり入ったりで、あとはいろんな副長官とかですね。この電源車の問題は、その場で聞いたと思います。ですから、それは一緒に聞いているんです。私が個別に聞いているのではなくて。

官房長官は、枝野幸男官房長官、原子力保安院は、原子力安全・保安院を指す。

【質問者】
今のはよくわからなかったもので、そういうお話を総理が直接されるのは奇異に感じたもので。

【菅前総理】ですから、地下にある危機管理センターというのはかなり大きいです。その間では、原発だけの議論はできませんので、その小さい部屋で大分長時間いました。だから、そのときには、今、何回も言いましたように、小さな部屋ですけれども、少なくとも私と経産大臣と、先ほど言った東電、原子力安全委員会、原子力保安院。だけれども、原子力安全委員会がもっと早くから聞いて、つないでくれるならつないでくれてもよかったんです。

ただし、私の理解では、その場で聞きましたから、東電からこういうことの要請が来ているというのを直接に武黒さんから聞いたか、それを聞いただれかから聞いたかは別として、一緒の場に言わば東電の代表もいるわけですから、一緒に聞いているわけです。

【質問者】
ところで、実際に電源車をそういうところから借りるとか、行くという作業を具体的にどういうふうに危機管理センターの人たちと総理なり、総理の周りの方がおやりになったのかというのはちょっと関心があるんですが、具体的には案際に20台ですか。たくさん集まったというのは、危機管理センターに来ている各省のいろんな人にやってもらって、そして具体的に何台ぐらい集まって、どうなったということを総理なり、周りの方がモニターしているというか、ちゃんとやれよということでやったのか。そこら辺の具体的な電源車を集める作業というのはどうなったのかということがちょっと気になるんです。

【菅前総理】
全体像は私にはわかりません。多分、当然まずは東電が自分でやっていたと思うんです。例えば第2サイトもあるわけですから、もしあるとすればあそこから持ってくるでしょうし、当然、東北電力とのつながりも彼ら自身があるわけですから、まずは東電でやっていたと思うんです。だから、我々がやったのは、どちらかというとフォローです。つまり、運ぶときは警察が緊急車両扱いしないといけないとか、そういうつもりなんです。

第2サイトは、福島第二原発を指す。首相の説明によれば、東電が保有する別の発電所などからの電源車の輸送や、他の電力会社への協力要請など、電源車の確保は東電が主体となった。政府側は、電源車の輸送の際に緊急車両指定、自衛隊、米軍への協力要請など、後方支援を担ったという。

ただ、結果として、今、何時にどこを出たとかという情報が警察とか何とかに入ったと
いうことです。ですから、それは勘違いしないでください。やっている主体は東電自身なんです。もともと本来は東電が用意しておくべきものなんです。それから、隣の何とかにもあったのではないかとか、いろいろ後になって言われています。5号機、6号機とか、あるいは消防だ何だとありますけれども、ですから、そういうものがどこにあるかというのは、当然ながら、少なくとも私は知りません。

各役所も一般的にはそんなには知りません。どんな種類の電源車かと。東電が運ぶと、運びたいということに対して、それは全面的に協力しましようと。それらが警察であったり、ヘリコプターだから、自衛隊、米軍という。そこは東電がさすがに直接米軍に頼むとかということはしにくいでしょう。そういう意味なんですよ。

電源車というものは、私も一般的にはどういう電源車かなんてわかりませんからね。あ
くまで一刻も阜く届けたい。ちょっと言葉が悪くなるとすれば、一刻も早くどっかから調達したい。だから、それについては必要なことは政府として全力を挙げて協力しますよということで対応したということです。

【質問者】
秘書官室のところにホワイトボードがあって、電源車がどうなっているかということをモニターしておられたということを聞いたものですから。

【菅前総理】
ですから、当然ながら、とにかく一番早く着くことを我々は願っていたわけですよ。一番早く着くのは、どこが一番早く着くんだと。それがヘリコプターなのか何なのかということで、一番早く着くことが一番重要だという認識は、当事者である東電もむろん言っていましたし、我々もそれはある段階から共有していたということです。

例えば新潟から来たものがあったり、どこかの高速道路から乗ったとか、警察の情報が
入りますから、そういうことです。別にそれ以上の、我々が一番そのことをその時点では重要だと思ったからです。

電源車の輸送について、首相は「原発事故がメルトダウンにつながるような重大事故になるかならないかの境目だということはわかっていた」と述べている。地震にともなう大渋滞などで、電源車の確保は難航した。

ちょうど早く行かないと津波が来て、早く行かないと流されてしまう人がいたときに、どうやってそれを助けるかというときに、一番早くそこに届くようにするのはどうすればいいかということをだれか言いますね。響察なり、自衛隊がやるのを。それがちょうどそういう時点で関係していれば、いつ着くかなということは、一番関心を持つのと同じように、この場合は原発事故がメルトダウンにつながるような重大事故になるかならないかの境目だというととはわかっていましたから、その境目において、どういう形で東電の期待どおり車が着くのか、着かないのか。率直に言って、相当の渋滞だったので、苦労したようです。

【質問者】

電源車の要請は、下ではなく上の執務室で要請があったというお話があったんですが、(以下、黒塗り)

【菅前総理】
乗った後ですね。

【質問者】
電源車も増えるので、(黒塗り)ここで説明している頃、東電の皆さんとか。

【菅前総理】
もっと早い段階ですね。

【質問者】
上の5階ですね。

首相の執務室などがある官邸5階を指すと考えられる。

【菅前総理】
そうですね。いずれにしても、だから、今、言ったような趣旨は変わらないです。私たちが運ぼうとしたというのではなくて、向こうとして運びたいと。それには協力してくれというので、それは何でも協力しますよと。

(続)

Source: 内閣官房

(小島寛明)