【政府事故調聴取録を読む1-4】事故対応全般|当時の首相・菅直人氏(4)

Investigation

「政府事故調聴取録を読む」の4回目として、菅直人・元首相の4本目を掲載する。

東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会(政府事故調)は、772人の関係者から聞き取りを実施した。政府は、聴取結果書(聴取録)を順次公開しており、2015年3月26日現在、236人分の聴取録が閲覧できる。

聴取録は、福島原発事故への理解を深めるうえで、なお第一級の資料であることから、当プロジェクトは、聴取録の読み解きを進めている。

読み解きにあたっては、国会事故調、政府事故調、民間事故調の各報告書を基礎資料とし、プロジェクトのテーマである「わかりやすい」を追求する。プロジェクトが聴取内容に挿入する、補足的な記述は太字で記載する。また、必要に応じて、文脈に影響しない範囲で、一部の記述を削除、難解な漢字をひらがなにするなど、最小限の編集を加えている。

聴取対象者:菅直人氏(事故当時の首相)
聴取日:2012年4月3日
聴取内容:事故対応全般について

【ポイント】

  • ベント準備の経緯
  • 首相が第一原発の現場視察を決めた経緯
  • 首相官邸、原子力安全・保安院、東電本店、第一原発のコミュニケーション不全
  • オフサイトセンターの機能不全

【地震発生後の菅首相の初動対応】
14時46分 地震発生、菅首相は参議院から官邸へ戻る
15時37分 第一原発、全交流電源喪失
16時14分 緊急災害対策本部を設置
16時36分 官邸対策室を設置
16時45分 東電、第一原発の全電源喪失を原災法15条に基づき経産相に通報
17時ごろ 菅首相、東電、保安院から第一原発の状況の説明を受ける
17時42分 海江田万里経産相、原災法15条事象を菅首相に報告
時刻不明 菅首相、党首会談に出席
19時03分 原子力緊急事態宣言を発令
22時~23時 最初の電源車が第一原発に到着

3月12日
01時30分 東電などから1号機、2号機のベントの必要性について説明を受ける
01時~02時ごろ 第一原発の現場視察の検討を指示


津波で原発は電力の供給源を失い、圧力と温度を増していく原子炉を冷やす機能を失った。首相官邸は次第に、原子炉の圧力を抜くため、放射性物質を含む蒸気を外部に放出する、史上初めてのベントへと向かっていく。

【質問者】
では、続きますけれども、話の流れからしますと、電源車は着いたんだけれども、プラグが合わないので役に立たないということで、どうすればいいかということで、ベントの話に変わったというお話でしょうか。

【菅前総理】
論理的にそうかどうかはわかりません。電源車が届かないということと、ベントということは。

【質問者】
別問題なんでしょうか。

【菅前総理】
別であるかどうかも含めて、よくわかりません。後になればもっと、あの時点では、ICが動いていたという認識をしていたり、水があるという認識をしていたり、いろいろなことが出てきますから、ベントについて私が理解しているのは、まさにこれも同じことです。

ICは、原子炉を冷却する装置の一つ。

東電がベントが必要だということを言ってきたということです。その理由としての説明は、格納容器の圧力が上がってきたからだということでした。くれぐれも、こちらがベントが必要だということを判断したんではないですよ。

【質問者】
時間的な前後としては、電源車の方が話が先で、その後にベントが必要という話が東電から出てきたという理解でよろしゅうございますか。

【菅前総理】
少なくとも、電源車の話があったのは非常に早い段階なんです。夕方の比較的早い段階です。ベントの話が出てきたのは、多分内部ではやっていたんだと思います。ただ、きちんとした説明がここにあるのは、翌日12日の午前1時30分に経産大臣同席の下、東電及び原子力安全委員長が1号、2号のベントの必要について説明をしたという記録が残っています。

多分、その前にもう東電の中では、いろんなところでは、圧力とか何とかの関係で議論がされていたと思うんです。

【質問者】
ベントの手順とかについては、例えば何か具体的な説明がどこまであったかはわかりませんけれども、すぐできるような説明だったのか。それともなかなか手間がかかるような説明だったのか。その辺はいかがでしょうか。

【菅前総理】
私はその手順までは、その時点で聞いたことは全く覚えていません。というか、ベントが必要だと東電が言ってきているんですから。ただ、ベントというのは外へ出ますから、その当時はウェットベントで、出る量は極めて少ないという説明も受けています。だから、それでも少なくとも外に出ますから、ということは、外の人に対して影響が出ますから、これはやはり本部長としては、その影響を考えれば避難の問題にも関連しますので、説明を受けるのは当然だと思います。

ただ、その手順がどうとか、炉のオペレーションのことは、我々は当然知りませんから。

菅氏の言うウェットベントは、ウェットウェルベントを指す。原子炉の圧力を抑えるサプレッションチェンバー内の水を通ってから、水蒸気が外部に放出されるため、放出される放射性物質の量が大幅に抑えられる。一方で、ドライウェルベントの場合は、水を通さないため、放射性物質の量は多くなる。原子炉の破損を防ぐ最終手段と言われる。

【質問者】
それから、格納容器の圧力が上がってきたのでベントしなければいけない、圧力を抑えなければいけないわけですけれども、その上で何をするかとか、それだけでいいというわけではないでしょうが、電源車はなかなか役に立たなそうだということで、ベントをした上でどうするかだとか、その上で注水をするとか、水を入れるとか、消防車が給水するとか、そういう説明はなかったのか。それとも、そこまでの御認識はなかったのか。その辺りについてお伺いしたいと思います。

【菅前総理】
認識がなかったというのは、私がですか。説明する人がですか。

【質問者】
総理の御認識です。

【菅前総理】
説明がなければ、私はそれはわかりません。だけど、早い段階でそういう説明を受けていません。ですから、それがないのが困ったんです。つまり、今の事態がわからない、あるいは想定でもいいから、今の事態がもしかしたら、何々としたらこれが必要だとか、こういう状態だったらこういうことが必要になるということが普通だったら出てくるんですよ。そういうことが出てこなかった。

ベントで言えば、ベントが必要だと。それは圧力が上がってきたからだと。だけど、ウェットベントだからそれほどたくさんは出ない。ぎりぎりどうしましようと。それで関係者に全部聞きました。原子力安全委員会、原子力安全・保安院、むろん当事者にも。

やはり、格納容器が圧力でぼーんといったら大変なことになる。若干のことがあってもベントをやらぎるを得ないと。それはみんなが一致しました。ですから、そういう方針でやってくれということを言ったんです。

【質問者】
とてもそこで疑問に思うことがあるんです。

菅首相がわからないでいるということが一番その時点では困ることだとしたら、安全保安院のどこでもいいんですけれども、原子力を本当は所掌している責任者というのは、菅さんが理解できるように説明するのが、多分一番大事な仕事だと、外の私たちだとそういうふうに理解するんですが、どうも先ほどからの話を伺っていると、そういう動きが全く
ないままずっと事が進行しているように見えるんですが、それは先ほどから言っておられる事態がつかめない、それから、わかるような説明がないというお答えがずっときているのですが、そういう中身というのは、結局、正確に知ろうとしても把握ができないような状態に置かれたまま、いつも決断を求められていったというととなんでしょうか。

【菅前総理】
ざっくり言えばよそういうことです。

ある段階から少し、いろんな担当者がいますから、さっき言っていた3者。例えば原子力安全・保安院で言えば、最初の院長。その後、平岡さんという人が来ました。原子力の専門家ではないけれども、電気の専門家等々が来ました。その後、安井さんという人が来て、この人は本物と言ったら変ですが、原子力の資格を持った人です。多分、2日か3日。その辺りから話は非常に、私だけではないですよ。

平岡さんは、原子力安全・保安院の平岡英治次長。安井さんは、資源エネルギー庁の安井正也・新エネルギー部長。保安院付の立場で事故対応にあたった。

【質問者】
ほかの人もみんな。

【菅前総理】
ほかの人もそばで聞いていて、この人はわかっているんだなというのがわかるわけですよ。ですから、私も別に文系の人でも構わないですけれども、それならちゃんと原子炉のことを説明できる人と一緒に来てくださいと言ったんです。なかなかそういうところまで行くのに、そういう意味では、原子力安全・保安院の人で言えば、安井さんが来て、みんなやっと少しとのことが理解できるような説明になっていたと。

【質問者】
細かいことですけれども、時系列的な進展の状況といいますか、総理の中での危機感の進展状況なんかもできればお聞きしたいものですから、細かな質問かもしれないんですけれども、12日になりまして、1時36分ぐらいに下から執務室の方に上がられているようなんですが、大体その時点での福島の1Fについての危機的な危機感の強さということなんですが、ベントができれば、それで、とりあえずは収まるという御認識だったのか、それとも、これは相当な重大な事故等にもつながる可能性が高いという危機感がすごく強いという状況だったのか。それはいかがでございましょうか。

【菅前総理】
それは最初の全電源喪失の時点から、まして、その次の冷却機能が停止していたということは重大事故だと思っていまして、もともと10条、15条というのは初めてですし、しかも複数ですから、だから、ベントというのは一旦圧力を抜くためのベントですから、ベントをしたから何か解決するというのではなくて、一種の緊急避難ですから、それでも物事がどうこうとは思っていませんでした。

10条、15条はいずれも原子力災害対策特別措置法。

原子力安全・保安院や原子力安全委員会からは、納得のいく説明が得られない。東電は、ベントの準備に入ったが、実施には至らない。第一原発の現場、東電本店、首相官邸の間でコミュニケーションが機能せず、菅氏は、次第にいらだちを募らせていく過程を語っている。

先ほどの話にちょっと戻ると、結局、後のことにもつながりますが、ベントが必要だと言っている東電がなかなかやらないので、まだやっていないんですと言うから、何でやっていないんですかというときも、説明がないというのが一番困るんです。現場に来ている武黒さんだったと思うんですが、わからないと言うんです。

必要だとみんなで相談してやりましようと。やってくださいと。なかなか進まない。何で進まないんですかと言うと、わからないと。結局、それが後につながる。どこかでコミュニケーションが、例えば現場がこういう理由で時間がかかるというなら、その理由がわかればいいわけですが、やりたいと言っていて、やってくださいと言ったら、やれない、やらない、理由はわからない。そういう状況なんです。

第一原発の現場ではこのころ、電源が失われた暗闇と、地震と津波で敷地内に散乱したがれきで、ベントの準備が難航していた。

それが後のことにもつながりますけれども、それは保安院だけではなくて、今、言った東電のことも、結局来ている人と現場と間に本店というのが入っていますから、これはわかりませんが、当時本店にはまだトップ2はいません。これは後になって私も知るわけですが、どこでどういう判断がどうなっているかというのは、私から見えるのは、東電で言えば、その時点まで来ている武黒さんを通して全部私には来ていましたから。

武黒さんは、東電の武黒一郎フェローを指す。

現場からの情報が不足する中、菅氏は、第一原発の現場視察の準備を始める。

【質問者】
それから、時系列的な確認なんですけれども、翌朝といいますか、12日の朝に1Fの方に視察に行かれるわけですが、視察に行くとかという御指示というか、行きたいということをいつごろから言われたのかということですが、11日の遅くの時間になり、12日未明ぐらいから視察に行くというお話をされていたというお話もあるものですから、大体どのぐらいの時点で視察に行きたいということを考え始めたのか。いかがでしょうか。

【菅前総理】
大体私が検討を指示したのは、12日の午前1~2時ごろに検討を指示しています。私として行った方がいいと自分なりに判断したのは、勿論地震、津波の状況を、これはある程度画像では見ていましたけれども、やはり現場を上空からでもいいから見たいというのは当然ありました。

それともう一つは、先ほどのことにつながって、つまりは、福島原発の状況がなかなかコミュニケーションがスムーズにいかない中で、やはり一度現場の責任者ときちんと会って話をした方がいいと私なりに判断しました。

【質問者】
その時点のころから、伝言ゲームになっていて、なかなかよくわからない、状況認識ができないという御認識があって、それで、やはり現場に行きたい、行かなければいけないというお気持ちになったと。

【菅前総理】
はい。

それと、これも後と重なりますけれども、それが一般的な形であると思ってやったわけではないんです。一般的な形であれば、今の仕組みは、それはオフサイトセンターがやることになっているんですよ。オフサイトセンターに関係者、政府で言えば経産省の副大臣が行き、保安院がそれに専門家がついて行って、そして地元の市区町村あるいは県と東電、安全委員会がそこで判断するというのが今の仕組みなんです。

ですから、現地対策本部がそういう機能を法律が予定したように、そういうものとして機能していれば、そこから案が上がってきて、それを最終的に本部長としての私が、多くの場合は、そこまできちんとした議論があって上がってきたものについては、わかりましたということにする。そういう仕組みになっているわけです。

オフサイトセンターは、第一原発から5キロほど離れたところにあり、原発の事故時に、対応拠点となる施設。

しかし、現実には、オフサイトセンターが、少なくとも11日段階では全く動きません。12日に入っても、一応関係者が集まれる状況ではありません。ですから、意図したというよりも、結果として、官邸にそういうメンバーが集まってきていた中で、経産大臣もいますから、原子力安全委員会の委員長もいますし、保安院の院長もいますから、事実上そこがいろんなことを判断せざるを得なくなったといいますか、だれも判断しなかったら、もっとおかしなことになりますから、そういう状況です。

そういう中で、先ほど言ったように、本来なら、そういうことは総理がやるべきことなのかどうかというのは、私も、一般的な視察は別として、原子炉について云々ということまでやるのが一般的に総理の仕事だとは今でも思っていません。しかし、その時点でだれかがそういうきちんとした情報のやりとりがあって、しかも、それがそれなりの判断がで
きる、例えば原子力安全・保安院の院長ができる、あるいはそこの責任者が現地に行っている。後で聞いたら、現地に原子力安全・保安院の人はいるわけですけれども、そういうものが全部機能して動いていれば、必ずしも行くという判断はしていないと思います。

そういうことが機能しない中で、何もしないか、私自身が行くか、どちらがいいかと私なりに判断して、行った方がいいと私は判断して、それと地震、津波の状況を自分の目できちんと把握したいと。その2つの目的で行きました。

【質問者】
今、お話が出ました冒頭のオフサイトセンターが機能していない、機能不全だということについては、どの時点なり、どなたの説明報告なりで把握されたかは御記憶はございますでしょうか。

【菅前総理】
というよりも、オフサイトセンターが機能しているのであれば、何らかのことが上がってくるはずなんです。私に対してオフサイトセンターからこう言ってきていますとか、ああ言ってきていますというのは一切ありませんでした。

【質問者】それから、先ほどの視察のお話の方に戻りますけれども、1時、2時ぐらいの時点では、検討を指示したということですが、最終的に視察に行こうと判断されたのは、もう少し後の時点ですか。

【菅前総理】
直前です。もう6時ごろ出発でしたので。もともとそういうつもりでした。いつでも行けるようにしておいて、ぎりぎりの状況で。というのは、その聞でも何が起きるかわかりませんから、地震、津波の方もありますし、原発についてもありますし。

たしか地震が起きたのはもう一つ地震が起きましたね。長野で地震が起きたのは。

【質問者】
3時51分です。

【菅前総理】
12日午前3時59分に長野で地震が起きていますね。本当にいろんなことが重なって、ですから、一応準備はするけれども、最終的な判断は調整するということで、もともとそういう段取りでした。

【質問者】わかりました。
視察についてもいろいろな評価なり意見があると思いますので、よく確認しなければいかぬと思うわけですけれども、そのうち直接総理が行かれるのではなくて、ほかの例えば補佐官に行ってもらうとか、あるいは海江田大臣に行ってもらうとか、そういう代わりの人に行ってもらうという選択肢というのはお考えにならなかったわけですか。

【菅前総理】
一般的にはいろいろな選択があったと思いますが、私が直接行った方がいいだろうというのは、最終的には私の判断です。

理由を言えと言えば、ないわけではないんですけれども、やはり多少の土地勘は、つまり、ここはなかなか表現が難しいんですが、決して私は原子力の専門家ではありませんけれども、放射性物質を使った実験ぐらいは学生実験で、やったことがありますから、多少の土地勘はあるわけです。それから、余り若い人にはお勧めできない場所でもありますから、逆に何かだれかに行ってやってもらうよりも、多少の土地勘があって話をすれば、ある程度、話は一般的な意味では普通の文系の政治家よりは理解できる私自身が行った方がいいのではないかということも併せて考えたことは考えました。

首相が原発事故への対応に追われる中、地震と津波被害への対応は、北澤俊美防衛相と、松本龍防災担当大臣が中心だった。

だから、一般的に役職でだれかということもありますけれども、一番大きく言うと、やはり一番大変だったのは、地震、津波という物すごく大変なことに対する対応と、それから、まさに刻々と変化する原発事故というものとの両方なんです。当然ながら、総理は両方なんです。そのときに、どうしても地震、津波の方については、今日の話題ではないかもしれないけれども、私が一番最初に指示を出したのは自衛隊です。それは阪神・淡路のときに自衛隊の出動が遅れたという認識がありました。当時、私も先々にいました。ですから、これだけは急ごうと思って、北澤さんに言って、それは迅速に出てくれて、ほかの業務をやりました。

こちらの中心は当時の松本防災大臣が中心でやってくれました。こちらも勿論重要なんですけれども、原発の方が非常に、先ほど言ったように、いろんな事象が、しかも、私にとってもですけれども、一般の政治家にこの範疇を越えた冷却機能がどうとかという話ですから、そういうことがあったものですから、多少、私と官房長官の中では、全体は官房長官を中心に副長官とか何とか。ある部分で原発については、やはり私が、前のめりだとかいろいろ言われましたが、自分の中で常にフォローをしておるという気持ちはありました。

【質問者】
端的に言いますと、ベントがなされれば、線量は別にしても、若干被曝したりするおそれもあるわけですけれども、そういったリスクを含めても行った方がいいと。特に自分が行かなければいけないのではないかというお気持ちだったと理解してよろしいでしょうか。

【菅前総理】
それはもう、そこで実際に収束作業をやっている皆さんがいるわけですから、そういう皆さんが現場でやっている中で、やはりしかるべき人聞がちゃんと話を聞くというのは重要だと。若干のそういうことがたとえあるにしても、ないにしても、やることはやらなければいけない。

【質問者】
ベントの話の方に戻らせていただければと思うんですけれども、ベントがまだできていませんというか、ベントができていないという話をお聞きになったのは、時間的には大体何時ごろの話になりますでしょうか。時系列のことを言いますと、1時36分に執務室に上がられまして、朝の5時31分に危機管理センターの方に戻ってこられているんですけれども、その後ぐらいにお聞きになったという感じでしょうか。それとも途中で降りて行って聞いたという感じでしょうか。

【菅前総理】
結局、ずっとできていないわけですよ。ですから、どの時点で最後に聞いたという風にはないわけですけれども、午前5時31分に地下センターに行った辺りで開いていただろうということは、今、考えると、そういう段階だったかなと思います。

ただ実際には、その後ももっと前も行うようにという経産大臣の方から指示とか命令も出ていますから、ある意味では、結果的には言ってもできていなかったということですね。

【質問者】
この時点でベントができていないということが、視察に行こうということに、影響したとか、やはりそれは行かなければいかぬという気持ちに影響したとかということは何かあるでしょうか。

【菅前総理】
私としては、先ほどから言っているように、一番重要な問題は、現地の責任者というか、きちんとそういう人たちと話し合い、コミュニケーションができないと、つまり判断ができませんから、そういう意味では、それが最大の目的です。ベントがどうなっているという状況にかかわらず、基本的に現地の責任者とちゃんと意思疎通したいというのが最大の目的です。

周囲から慎重論も出る中、菅氏は12日朝、第一原発の現場視察に踏み切る。首相官邸と福島をヘリコプターで往復した。

【質問者】
視察につきましては、枝野官房長官が政治的リスクがあるのではないかということを御注進申し上げたということをおっしゃっていますけれども、そこの御記憶はございますでしょうか。

【菅前総理】
どういう程度の言い方だったかは別として、一般的にそういうリスクがあることは私自身も理解していました。これは常にあるんです。これはかつての阪神・淡路のときも、私は今でも覚えていますけれども、あの当時の法律体系は、国土庁長官が責任者です。

偶然ですが、私と同じ選挙区の方が自民党の国土庁長官だったものですから、早く行くか行かないか、やはり行ったらいろいろ邪魔になるというか、迷惑をかけるのではないと、逆に行かなければいけないということから、いろいろなことがあったことは、阪神・淡路の場合でも私は見ていました。だから、常に両方あると思っていました。

ですから、必ずしも官房長官がどの程度強く反対したのかというのは、そんなに私に意識がないですが、当然そういう意見があるのも、いろいろなことを配慮する立場から当然だと思っていました。最終的な判断は、私が背負うものだと思っていました。

後に、この視察で、ベントの準備など、現場の作業に遅れが生じたとの批判が出ることになる。

【質問者】
言われなくても、そういう意見はあり得るということですか。

【菅前総理】
十分あり得ます。
【質問者】
ありがとうごぎいます。

次の項目の方に変わってしまうのですが、時系列の進行に合わせて避難の方の指示といいますか。

どうぞ。

【質問者】
総理が現地視察を判断されたということで朝、行かれたわけですけれども、結局、別の方がおっしゃっておられて免震棟に入られたときに、作業員がたくさん来られたと思うんですが、引用しますと「何で俺がここに来たと思っているんだ」ということをおっしゃられたということなのですが、どういう意味でおっしゃられたのか。

免震棟は、第一原発内の施設で、事故対応の拠点となった免震重要棟。

ですから、今の現地のやっている担当者との意思疎通を図りたいという意味の御発言だったのか教えていただければと思います。

【菅前総理】
率直に言うと、それを言われたのは池田副大臣なんですが、若干私の意図と勘違いを。私の意図はですね、ヘリコプターを降りまして、バスで免震棟に入って、免震棟の入り口は二重ドアになっていますから、入ったらすぐに何か知らないですけれども、そこにいた人に並んでくださいと言われたわけですよ。並んでくれと。

だから、私も一瞬何か手続があるのかなと思って並んだら、だんだん前の人がいなくなって、私が一番前に行ったら、こうやって一生懸命、簡単に言うと計測するわけですよ。ですから、私はそんなので来たんではないんだと。所長に会いに来たんだと。だから、一般作業員と一緒になっているわけですよ。そういう場面です。

所長は、福島第一原発の吉田昌郎所長を指す。

【質問者】
わかりました。そういうコンテクストですか。

【菅前総理】
ですから、私は彼の書いたものを読みましたけれども、私も行くまで、その建物がそういう作業員がたくさんいるなんて勿論知らないわけですよ。会議室が何かある、あるいはどこかと思っていたんですが、実際に会議室はあったんですが、入った途端に並んでくれと。並んだら、そういう列の後ろでこうやられたものですから、ちょっと待ってくれと。そういう一般の作業員が作業をして、帰ってきて、線量を測っているということで来た仕事ではないんだという意味で言ったんです。それをちょっと彼は離れていて、何か私がそこでまた怒鳴って何とかしたとか言っていましたけれども、私の趣旨は、まさにそういう物理的状況なんです。

【質問者】
その部屋に入られて、小部屋で。

【菅前総理】
それは2階だったんです。2階に行けと。どこに行けばいいのと聞いたら2階だと言うので、2階へ行く廊下も一種の疲れ切ったような人がたくさんいました。階段を上がりて、部屋に入って、部屋に入ってほんのしばらくして、たしか吉田さんと武藤さんが入ってきたんだと思うんです。

武藤さんは、東電の武藤栄副社長。

【質問者】
そのときの御感想というか、非常に秩序がないというか、現場ですから、非常に戦場みたいな感じだったのではないかと思うんですけれども。

【菅前総理】
それはある意味当然だと思うんです。大変な中なんだなということを改めて感じました。まさに最前線というか、現実にそういう人たちがだあっといるわけですから、大変な中でやっているんだなということは物すごく感じました。

【質問者】
今、現場の話が出たのでお尋ねしたいんですけれども、菅さんが去年の8月19日付の『週刊朝日』でインタビューに応じてお話になっていたのですが、その中で指示がしっかり当事者に伝わるか否かが大事だから、そこを直接確かめておきたかった。中でも第一原発の吉田所長と会って話したことは、後々非常に役立ちましたとお話になっているんですけれども、吉田所長とお会いになったのが後々役立ったというのは、どういう役立ち方だったのか、どんな意味を持つのか、いかがですか。

【菅前総理】
私は、その場で初めて吉田さんという人に会ったんです。私は東電の人とのつき合いは余りないものですから、勝俣会長とは経団連の関係では知っていましたけれども、ほとんどの方は国有名詞でおつき合いした人はいなかったし、吉田所長もその場で初めて会ったんです。後になってみると、同じ大学の同窓だということがわかったのですが、その場では全く知りませんでした。

菅氏と吉田昌郎所長はいずれも東京工業大学出身。

その場に来られたのは、私の記憶では、所長と武藤副社長で、吉田所長がベントについて今こんな状況だとか説明して、お願いしますと言ったら、わかりましたと言って、やりますと言って下さったわけです。

そのやりとりの中で、この人はちゃんと話、コミュニケーションがきちんとできる人だという感じがしました。それはさっき言ったこととも戻るんですけれども、武黒さんももともと技術屋だとは聞いているんですが、彼自身の責任であるかないかは別として、先ほども言ったように、ベントのことで言えば、やってくれと言っていて、やれない理由が話せないとか、わからないわけです。つまり、そういう意味では、直接話をしたら、少なくとも説明の中身は納得できましたので、この人となら普通の話ができるなということを感じて、その後、私や経産大臣であったり、場合によったら、補佐官だった細野補佐官なりが、何度のときにはどの程度の数をやったか知りませんが、吉田所長とも連絡を取ってい
るし、私も直接に連絡をする、私自身が電話を回すことはありませんが、一、二度はそういう間をとってつないだこともありました。

細野補佐官は、細野豪志首相補佐官を指す。

ですから、それを特別なことというよりも、説明がきちんと我々に、少なくとも私にとっては、合理的な説明があったということです。それが大きく言えば、15日の撤退問題とか、次から次にいろんなことが起きていましたから、そういうときにどうするというときに、やはり率直に言って、東電というのは本当にわかりにくい組織です。技術的なこと以外の判断が入っているのか、入っていないのかがわからないんです。

菅氏は東電を「役所以上に役所みたい」と言う一方で、現場を指揮する吉田所長については「合理的にわかりやすい話ができる」と評価する。

後で聞けば、海水注入などもいろいろおもんぱかるんです。後になってわかるんですが、役所みたいなところですから。役所以上に役所みたいなところがあります。

ですから、私が知りたいのは、技術屋さんだったら、純技術的に説明してくれればいいわけです。それ以外のことはまた別の人に聞けばいいわけですから。金がかかるけれどもどうしようかとか、何とかどうしようかという話は、また別に話をすればいいんですけれども、そういう意味では、吉田所長というのは、私の感覚の中では非常に合理的にわかり
やすい話ができる相手だと。それを、私も2、3人ですか。大臣とか補佐官に伝えて、コミュニケーションができたと。それが後々のいろんな展開の中で非常に役に立ったと思います。

【質問者】
先ほど来のお話ですと、官邸におられて、保安院にしろ、安全委員会にしろ、あるいは東電にしろ、みんな幹部がおられずに、一向にらちが明かない説明になっているといけない。そういう流れの中で、初めて納得できる説明をしてくれる人に会ったという印象ですか。

【菅前総理】
東電で言えば、そういうことですね。それから、原子力安全・保安院は、先ほど申し上げたようなことです。原子力安全委員会の班目委員長というのは、私は、ある意味でのまさにプロなんです。個人的な評価は余りしにくいんですが、あの方はやはり自分の世界がある人ですよ。だから、だれかに言われて論を曲げたりするような人ではない。自分の世界がある人ですから、自分の考え方は非常にはっきり言われます。

斑名委員長は、班目春樹・原子力安全委員長。

それは言われない人に比べれば断然よかったです。言わない人ばっかりなんですからね。班目さんは言いました。結果として、それは水素爆発の見通しは間違っていましたけれども、少なくとも格納容器に窒素が入っているから爆発は起きないとちゃんと見解を言われました。ほかは言わないんですからね。言えないというか、言わない。これは天と地ぐらい差があるわけです。

ですから、全部が全部同じように何かだめだったというのとちょっと違うんです。東電は、先ほど言ったように、武黒さんが悪かった、よかったはわかりません。何かの理由で彼のところに情報が入らなかった可能性もありますし、彼自身は多分ダイレクトに吉田所長とやっていなかったんでしょう。だから、多分本店のだれかとやって、それがもしかしたらだれかに聞いたり何かして、よくわからなかったかもしれません。これはあくまでも推測です。

とにかく、彼が目の前にいて、私は東電を代表している人だと思っていましたから、いろいろ聞くけれども、ここはだから技争的というよりは、東電の意思決定が悪かったんです。

だから、保安院は内容自身がわからなかった。あるいは幹部のスタッフはわかっていたかもしれません。班目さんは班目さんで、まだほとんどあの時点では、原子力安全委員会が班目さん1人がおられるぐらいで、直後ですから、サポート体制が必ずしもできていませんでした。ですから、それぞれ事‘情があったことは、私なりには推察できるのですが、今、柳田先生が言われたように、東電で言えば、やはり吉田さんに会って、まともにちゃんとコミュニケーションできる、特に技術屋さんとしてできる人だったなという感じでした。

柳田先生は、ノンフィクション作家の柳田邦男氏。政府事故調の委員の一人。

(続)

Source: 内閣官房

(小島寛明)