【東電の旧経営陣強制起訴へ】検察が嫌疑不十分とした理由の要旨

Judiciary

福島第一原発の事故を巡って、検察当局が、東京電力の旧経営陣を不起訴処分(嫌疑不十分)とした理由の要旨を掲載する。検察側は事故当時、高さ10メートルの敷地を大きく超える津波の発生は予見できず、事前に防潮堤を設置していたとしても、第一原発の炉心損傷は回避できなかったと判断している。こうした検察側の主張が、今後の裁判で争われることになる。

不起訴処分の要旨については、文書の体裁を中心に、当プロジェクトが最低限の編集を加えた。


 

検察官の再度の不起訴処分の要旨
1.被疑事実の要旨

被疑者らは,東京電力株式会社(以下「東京電力」というロ)の関係者であるが,福島第一原子力発電所(福島第一原発)の運転停止又は設備改善等による安全対策を講じて,大規模地震に起因する巨大津波によって福島第一原発において炉心損傷等の重大事故が発生するのを未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,必要な安全対策を講じないまま漫然と福島第一原発の運転を継続した過失により東北地方太平洋沖地震(本件地震)及びこれに伴う津波(本件津波)により,福島第一原発において炉心損傷等の重大事故を発生させ,水素ガス爆発等により一部の原子炉建屋・格納容器を損壊させ,福島第一原発から大量の放射性物質を排出させて,多数の住民を被ばくさせるとともに,現場作業員らに傷害を負わせ,さらに周辺病院から避難した入院患者らを死亡させた。

2.再度の不起訴処分(嫌疑不十分)の理由の要旨

(1) 検察審査会の起訴相当議決(議決)は,原子力発電所の事業者の役員である被疑者らに,極めて高度の注意義務があるとし,自然現象の不確実性等を指摘して想定外の事態も起こり得ることを前提とした対策を検討しておくべきものであるとしているが,原子力発電所の安全対策においても,どこまでを想定するか,あるいは具体的に何を想定するかを定め,具体的な条件設定をした上でそれへの対策を講じる必要があることは否めない。

原子力発電所の特性を踏まえて可能性の低い危険性をも取り上げるべきであるとしても,あるいは自然災害の予測困難性,不確実性を踏まえて安全寄りに考えるとしても,無制限であるわけにはいかず,可能性が著しく低いために条件設定の対象とならないものがあり得る。

したがって,事前にどこまでの津波対策が原子力発電所の安全確保に必要と考えられていたのかを過失認定上問題にせざるを得ず,O.P.(小名浜港工事基準面)+10メートルの敷地(以下「10m盤」という。)を大きく超える津波による浸水を想定すべきであったのかを,その当時の知見を前提に検討する必要がある。

つまり,本件過失の成否を判断するに当たっては,飽くまで福島第一原子力発電所の原子炉建屋において水素ガスが発生した事故(本件事故)後に事故から得られた知見や教訓を抜きにして,本件事故が発生する前の事情を前提として注意義務を課すことができるか否かを判断せざるを得ない。

(2) 予見可能性について(地震や津波に関する事前の知見と本件地震・津波)

地震調査研究推進本部(推本)の地震調査委員会による「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(長期評価)及びこれに基づく最大の試算結果や貞観地震に関する知見を含む当時の地震・津波の知見を踏まえても,今回の事故前の当時において,本件のような10m盤を大きく超える津波が発生し,これにより福島第一原発における主要機器が浸水する危険性を認識すべき状況にあったとは認め難い。

議決は,「東京電力は,推本の予測について,容易に無視できないことを認識しつつ,何とか採用を回避したいという目論見があったといわざるを得ない」と指摘しているものの,上記のとおり,事故前の当時の知見を前提とすると,そもそも推本の長期評価に基づいて対策を講じるべきであったと認めることはできない。

加えて,東京電力は,最大の試算結果を把握した後,土木学会に対し,推本の長期評価に関する検討を委託しているところ,当該委託は,法令上の安全性が確保されていることを前提として,安全性の積み増し又はその信頼性の向上を図る目的でなされたものであったこと,その委託に2012年3月23日という期限を定めるとともに,原子力発電所における「原子力発電所の津波評価技術」(「津波評価技術」)の改訂を委託しており,これが改訂されればこれを踏まえた対策を講じる予定であったこと等からすれば,議決が指摘するように推本の長期評価の「採用を回避したいという目論見があった」とまで認めることは困難である。

(3) 結果回避可能性について(原子力発電所における津波対策)
ア 最大の試算結果に対応した措置による結果回避可能性

上記推本の長期評価に基づくOP.+15.7mとの最大の試算結果に対応する措置としては,試算結果で津波が遡上することとされていた福島第一原発の敷地(敷地)南側に防潮堤を建設することが考えられる。

これに対し,本件津波は,敷地東側の長さ約1.5キロメートルの海岸線から,全面的に敷地に越流したのであるから,仮に事前になされていた最大の試算結果に対応して越流する敷地南側に防潮堤を建設したとしても,本件津波は,防潮堤のない敷地東側の海岸線から越流することとなり,本件津波の襲来に際し,その浸水を阻止し,結果を回避できたとは認められない。

イ 浸水を前提とした措置による結果回避可能性その他

本件津波により敷地が浸水したことを前提として,遡って事故を回避する措置を考えた場合には,議決が指摘する浸水を前提とした対策(蓄電池や分電盤を移設し,HPCI(高圧注水系)やSR弁にケーブルで接続する乙と,及び,小型発電機,可搬式コンプレッサー等を高台に置くこと等の措置)を講じておくことが一応考えられる。

しかしながら,事故前の当時においては,津波に関しては,詳細な指針等が定められていた地震動と異なり,独立した審査指針等はなく,地震の随伴事象として抽象的な基準が示されていたにすぎな
かった。

また,当時,原子力発電所の津波対策に関しては,一定の想定水位を定め,当該想定水位までの安全性を絶1対に確保するという考え方(確定論)に基づいて,安全性が確認されており(事故前の津波評価に関する事実上の基準とされていた津波評価技術は,確定論に基づく考え方である),確定論により得られた想定水位を超える確率を算出して,安全性評価の判断資料とするという津波の確率論的評価は,その手法に関する研究が進められていた段階であり,いまだその手法が確立された状況になかったことなどが認められる。

これらの状況を背景として,敷地高を超える津波を想定する必要性や,その具体的対策として,本件結果を回避できるような浸水を前提とした対策を講じておく必要性が一般に認識されていたとは認められない。

さらに,実際に本件のような過酷事故を経験する前には,浸水自体が避けるべき非常事態であることから,事故前の当時において,浸水を前提とした対策を取ることが,津波への確実かつ有効な対策
として認識・実行され得たとは認め難い。

加えて,仮に,事故前の当時,本件結果を回避できる浸水を前提とした措置を講じることとしても,HPCI(高圧注水系)等と蓄電池等を接続する等の工事を行う必要があるため,工事期間のほか,原子炉設置変更許可等の所要の手続を経る必要があることから,2年9か月以上を要したものと認められ,被疑者らが最大の試算結果を知った時期等に鑑みると,本件地震・津波の発生までに対策を了しておくことができたとは認め難い。

なお,本件結果を回避できる措置としては,本件津波が越流した敷地東側に防潮堤を建設することも考えられるが,その措置を講じるには3年7か月以上を要したものと認められ,防潮堤についても,本件地震・津波の発生までに対策を了しておくことができたとは認め難い。

議決が指摘する他の措置も検討したが,「長期間を要しない安全対策」については事故を避けることができたとは認め難く,「建屋の水密化」についても,津波の越流に伴う大きな漂流物が建屋に衝
突し,水密化が維持されないことも想定され,事故を回避できたと認めることは困難である。

運転停止については,震災前に10m盤を大きく超える津波の襲来を予測すべき知見があったとはいえないこと等も含め切迫した時期に津波が来る可能性を示す情報や知見もなかったことや法令上の安全性の確保を前提に原子力発電所が稼働していたことからすると,あらかじめ原子力発電所を停止するべきであったとは認められない。

(4) 結論
以上のとおり,東京電力の役員らに刑罰を科すかどうかという刑法上の過失犯成否の観点からみた場合,本件事故について予見可能性,結果回避可能性及びこれらに基づく注意義務を認めることはできず,犯罪の嫌疑は不十分である。