【福島を写そう4】「東北を見る いわき〜福島第一原発〜南三陸〜気仙沼」(鈴木邦弘)

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イラストレーターの鈴木邦弘さんからいただいた投稿を掲載します。福島、宮城の旅の記録です。


友人と車で、被災地へ行くことにした。4年も経ってしまったが、日本人なら見ておくべきだと思った。

原発から約2キロ地点。3月から、福島第一原発から水蒸気が吹き出す映像が何度もライブカメラで目撃されたという情報もある。海上だけ霧が強かった=福島第一原発周辺


初日は福島県いわき市へ。日本一海に近い健康ランドで一泊する。震災の時は、津波で窓ガラスは破壊され、従業員は胸まで海水に浸かったという。2013年夏に営業を再開し、もうすぐ再開2年。GWは、5月3日、4日と藤井マサヒロなるものまね芸人が営業にきていた。ドサ回りとはいえクオリティは高く、この施設の飲食代はとても高かったが、元は取れたと思う。

2日目は国道6号線を北上し福島第一原発、石巻、南三陸、そして気仙沼を目指す。

常磐道を高速で通過しても、広野〜南相馬間は車内で0.37マイクロシーベルト被曝(つまり、都内での7時間分の被曝量を40分足らずで浴びることになる)。最も放射線量の高い箇所は5.8マイクロシーベルト(年間積算被曝量約25.2ミリシーベルト、都内の97倍にあたる)。国道6号に至っては、富岡町〜南相馬(帰還困難区域区間)はバイクや原付、自転車での通行は禁止されている。

僕らはもうアラフォーで、今回の滞在期間では健康に被害が及ぶ可能性は小さい。ストロンチウムなどの放射性物質が高濃度で身体に付着するようなことがない限り害は少ないと判断し、帰還困難区域で車を降り、撮影も行った。

根こそぎ剥ぎ取られ、そして原発のために何も出来ず4年間止まったまま。除染した汚染土がゴミ袋に入れられ置かれている=福島県浪江町


 

今回、国道6号線の帰還困難区域における平均被曝線量は毎時3.5マイクロシーベルト。最も放射線量の高い地点は大熊町の毎時14.7マイクロシーベルトだという(帰宅直後に原子力規制委員会のHPでチェックした際は、双葉群の市街地のモニタリングポストの数値は低かった。しかし民間で測った数値はもっと高い。この違いはなぜだ)。僕らは、その最も放射線量の高い地点で10分ほど車を降りた。浪江町の海沿いの地点(同じく線量は高い)でも10分ほど外に出て撮影を行っている。

 

皮肉な看板。このゲートは負の遺産として残すべき=福島県双葉町


 

海の上は濃いもやがかかり、福島第一原発はほとんど見ることはできなかった(3月から、第一原発から水蒸気が吹き出す映像が何度もライブカメラで目撃されたという情報もあり、今回もその可能性はあり。海上だけ霧が強かった)。約2キロ地点まで近づいたが、森や様々な構造物、天候の影響もあり、それらしいものしか見れなかった。原発というものは国家機密であり、テロの可能性を考慮すれば当然のことかとも思う。

この後、仙台を抜け、宮城県南三陸町へ。宮城県に入って以降は、山元町、亘理町、岩沼市、名取市、塩竈市や東松島市では、どこもかしこも「ここまで津波が来たの?」と驚いてばかり。ありきたりな言葉だけど、自然の恐ろしさをまざまざと見せつけられた。石巻市も見たかったが、時間の関係もあり、今回は国道45号線沿いから見るだけとなった。

そして南三陸。見た限り気仙沼線もまだ走ってないし、どこも工事中。そして防災対策庁舎。近くに花屋さんが売りに来ていたので、そこで花と線香を購入し献花、焼香する。ご冥福をお祈りします。

夜は、パチンコ屋と一緒という一風変わった気仙沼市の健康ランドに宿泊。いわき同様周辺の飲食店は津波で流されてしまい、営業してたのはラーメン屋2軒とホルモン屋一軒。案の定予約で一杯で、やむなく健康ランドにて飲酒となる。

3日目朝、朝風呂で、地元出身で福島県南相馬市の火力発電所で働いてるというおじさんと話をすることが出来た。震災前の姿は跡形もなく、全て流されてしまったというおじさんが、いろいろ見ていってくれと話したとき、僕は泣きそうでもあった。震災から4年も経って、興味本位で見に来てるんじゃないか。そういった罪悪感は、東北に行くたび常にあった。その後ろめたさが、あのおじさんの言葉や笑顔によって、全て許されたような気がした。

おじさんの情報により、実は気仙沼港がすぐ近くにあることがわかり、風呂を上がって早々、港へ向けて出発する。魚市場は8時に閉まってしまい間に合わなかったが、様々なお土産をゲット。そしてこの旅唯一の海鮮料理にもありつけた。海鮮丼は最高にうまかった。

気仙沼港の復興仮設商店街は活気があり、人も優しく、ここに宿泊しなかったことを後悔した。何の下調べもせずに出発したので仕方のないことか。次の楽しみにとっておこうと思う。仮設商店街ではしご酒なんか最高じゃないの!

その後、帰りは山道を抜け、三陸道、常磐道を通って帰宅。仙台東部道路、常磐道よりも海寄りの場所は津波でやられた場所も多く、4年経った今でも痛々しい思いがした。宮城の内陸部の山や川はとてもきれいで、また、常磐道から見える福島県内の山々も緑がとてもきれいだった。それだけに、放射能で汚染されたと思うと残念でならない。

常磐道から見えた福島第一原発、除染により出た汚染土の数々は本当に憎々しく見えたし、使用済み核燃料はおろか、この汚染土や汚染水の行き場さえ決まってない状態で何がふるさとへの帰還か、と怒りというより諦めの感情が強く残った。

今回の旅は観光半分取材半分だったけど、見たかったものが見れて僕的にはとてもいい旅になった。気仙沼や、そこからさらに北の地域にもまた行きたいと強く思った。
いろんなことを感じ、いろんなことを考えた旅でした。ここで見たものはずっと忘れないと思う。

クレーン車が倒れたまま放置されていた=福島県浪江町


 

最後に、この旅に付き合ってくれた友人と、家で気長に待ってくれた奥さんに感謝して、このレポートを終えたいと思います。最後まで読んでくれた皆さま、ありがとうございました。

(イラストレーター・鈴木邦弘)


 

鈴木さんは、23日に東京・新宿の「全労済ホール/スペース・ゼロ」ではじまったグループ展「えーほん絵本原画展22」に出品されています。

場所:全労済ホール/スペース・ゼロ(東京都渋谷区代々木2-12-10)
日時:2015年5月23日~30日11時~19時(初日は14時から、最終日は17時まで)

 

当プロジェクトでは、福島のいまの姿を撮影した写真を下記のアドレスで募っています。被災地、福島第一原発周辺の写真だけでなく、日常の風景、生活の姿など、様々な写真を掲載していきたいと考えています。ご協力をお願い申し上げます。

info@nucleardisaster.net